こうした人たちは、第三者の助けがないと、“家垂れ死に”してしまうと、私は警鐘を鳴らしています。道端に倒れてしまう昔の野垂れ死にではなく、病院から強制的に家に送り返されて、自宅で誰のケアも受けられず、誰にも気づかれず死んでしまう“家垂れ死に”なんて、真っ平御免ですからね。私は常々、在宅で進めるんだったら、ひとり暮らしでも家で死ねるシステムをきちんと作ってほしいと主張してきたんです。
そのことについて小笠原先生は、おひとりさまの人を何人も自宅で看取ってきた、誰でも家で死ねるとおっしゃっている。家族と一緒に暮らしている人にも、看護師やヘルパーが全部やるからと、家族に「面倒を見てやってください」と一度も言わないところも素晴らしい。実際、小笠原先生を中心にさまざまな職種の人がチームを組んで看取りまで見届ける姿は、とても説得力がありました。日本の在宅医療の最前線はここまで来ているんだとわかって、心強く感じました。
ただし、こうした最前線の医療がいったいどこまで行き渡っているのかは依然として疑問です。
私自身、在宅医療を受けたいと思った時に、誰に頼んだらいいのか、誰が最期まで診てくれるのか、全然わかりません。予めそうした情報を集めておくことも、これからの高齢者の「するべき用意」の1つだと思いました。また、自分の死のあり方について家族と話し合ったり書面化しておくことも大切です。延命治療はどこまでやるのか。元気なうちに意思表示しておくことが必要ですし、家族もそれを受け入れる必要があります。私たち高齢者がやるべきことは実に多いですよ。
※女性セブン2017年10月19日号