具体的な例を挙げましょう。馬の脂は人間のスキンケアなどに用いられているようですが、馬も病原菌などから身を守るために自らの脂を使います。馬体に傷を負うと、患部の傷が広がらないように身体の脂が防御している。特に乾燥が進むこの時期には、脂のバリア機能は重要です。
そのバリア機能を人間が帳消しにしてしまうことがある。冷たい水は辛かろうと勘案するのか、馬体を洗う時に湯を使う。馬の脂の融点は30~40℃くらいで、ぬるま湯くらいですぐに溶け出します。
脂が抜けると、馬は代替の防御体制を整えて毛を伸ばします。人間のミスのせいで馬に無駄な労力を使わせてしまう。この時期、毛が少なくて脂で馬体が光っているのがいい馬です。
馬が望んでいないことを人間が施してしまう。似たようなことは馬房のいたるところに潜んでいます。人為的ケアレスミスを極力減らす。肝に銘じています。
馬を順調に走らせた結果として、もちろんGIも勝ちたい。調教師としての最多勝や最多賞金獲得というタイトルももちろん目指しますが、それは毎週の積み重ねで結果論です。それ以上に、馬に「年度代表馬」「最優秀3歳牡馬」といったJRA賞を取らせたい。辛苦をともにしたスタッフを全員、授与式に連れて行きたいと思っています。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後15年で中央GI勝利数24は歴代3位、現役では2位(2017年12月21日現在)。2017年は13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。本シリーズをまとめた『競馬感性の法則』(小学館新書)が発売中。
※週刊ポスト2018年1月12・19日号