思想史研究者の片山杜秀氏
佐藤:天皇に対する国民の意識が変わってきているのは間違いありません。
片山:天皇が国民の間で無意識化しているのでしょう。天皇が当たり前だという状態になったからか賛成するにしても反対するにしても熱がない。譲位問題の議論でもエネルギーを感じませんでした。
佐藤:しかし、それが天皇観の稀薄化を意味しているとは思えない。タブー化されてはいないけど関心がない、それは日本人の心の中に無意識のレベルで入り込んでいるからだと思います。といって宗教意識として顕在化しているのではなく、習慣や文化のなかに深く入り込んでいる。
片山:無意識化した天皇観は、何かの拍子に姿を現わすこともあるのでは。
佐藤:そうです。30年の平成史を振り返ると、天皇が超越した存在として社会に介入した場面が2度あった。1つが「3.11のビデオメッセージ」、もう1つが象徴としてのお務めと譲位についての「お言葉」です。
片山:私は2016年8月8日に発せられた今上天皇の「お言葉」と、昭和天皇の行なった玉音放送を重ねて見ていました。確かに玉音放送も敗戦という危機的な状況で天皇が超越者として介入した場面といえるかもしれませんね。
佐藤:そうなんです。危機に陥ったとき、超越者、あるいは神が人間界に介入するのは洋の東西を問わず、我々人間に埋め込まれた普遍的な意識だと思います。
片山:なるほど。確かに3.11は1945年8月15日以来の非常事態だった。