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2018.04.29 16:00  週刊ポスト

1964年、新幹線一番列車の運転手が明かす山手線に抜かれた訳

一番列車の運転士・大石和太郎さん(撮影/河野公俊)

「夢の超特急」と呼ばれた新幹線誕生からすでに半世紀以上が経過。北海道から九州まで、新幹線網は3000キロにも及んでいるが、1964年10月1日、東海道新幹線の一番列車を運転士したのが大石和太郎氏(85)だ。“初めて新幹線を動かした男”が振り返る。

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 昔から汽車や電車が大好きで、1952年に中途で国鉄の採用試験を受けました。結果は合格。でも縁故がないから採用できないと言われ、東京鉄道管理局人事課と大喧嘩しました。これで国鉄入社は無理だと思ったけれど、何故か採用となりました。

 最初は湘南電車の運転士になれと勧められましたが、昔から好きだった蒸気機関車を運転したいと願い出て、大宮の機関区に配属してもらいました。汚れる仕事なので当時は皆嫌がっていたのですが、自分は嬉しくて泊まり込んで仕事を続けました。結果、よく働くと評価され、最終的には田町電車区の特急運転士(注・当時の国鉄のエリート)になることができました。新幹線計画を知ったのはちょうどその頃。1958年でした。

 1962年になると正式に新幹線運転士の募集が始まり、どうせ自分のような物好きしか応募しないだろうと手を挙げました。新幹線開業準備室に配属され、試験運転が行なわれる鴨宮モデル線で高速列車の試験に関わりました。

 しかし1964年10月1日の開業を目処に突貫工事で進められた営業線は、いつまで経っても完成しません。結局、全線の線路が繋がったのは7月25日で、保安用のATC装置が使えるようになったのは8月26日。台風の影響などもあって、練習運転が全線を通して可能となったのは9月に入ってからでした。国鉄関係者は開業日には間に合わないのではないかと、ハラハラしていたようですね。

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