◆〈結婚しない〉と言われたわけではないから……
ユミさんの結婚願望を知っていたからこそ、真二さんは、付き合う前に、自分の意思を明言した。それは誠実な態度だったかもしれない。しかし、残酷でもあったかもしれない。
「引き返すならいまだ、と思いました。友人にも、やめたほうがいいと言われましたしね。でも、結局、好きという気持ちに引っ張られてしまった。しかも、〈結婚しない〉と言われたわけではないから……。軌道に乗るまで、なんだと……」
夢を追う真二さんとの日々は刺激的だった。しかし、塾の経営はラクではなさそうだった。付き合って1年、ユミさんのマンションの更新前に同棲をもちかけられたのは、経済的な理由が大きかったのではないかとユミさんは見ている。
「同棲したら彼の気持ちが結婚に傾くかもしれない、という期待が私にはありました。ただ、同棲して1年経ってもそのままだったら、別れようと思っていたんですね。子供はともかく、結婚はしたいと思っていましたから」
同棲して変わったこと──それは、ユミさんが塾の経営や子供への指導に少しずつ口を出すようになっていったことだ。真二さんは以前から、仕事のほぼすべてをユミさんに話していた。生活を共にし、関係がより密になると、元来勉強家だったユミさんは塾経営や指導法を学び、アドバイスを送るようになった。
「軌道にのれば結婚できる!という気持ちから始めたことですが、意外にも、塾という仕事が面白くなってきたんです。もちろん私には会社があるから、仕事として取り組めるわけではなかったけど、家族のような立場で真剣にあれこれ考えるのは楽しくて。やっぱり仕事が好きなのかもしれないですね(笑)。
私が口を出しても、彼が嫌がらなかったことも大きいと思う。それどころか、喜んでいた。もちろん最後に決断するのは彼だけど、基本的に、人のアドバイスに耳を傾ける人。そういうところは、人間が大きいというか、好きなところですね」
あっという間に付き合って4年。将来的には、ユミさんは勤めている会社を辞め、塾の仕事に携わりたいと考えている。真二さんには利益目標があるとはいえ、結婚して2人でそれを達成すればよいとも思えるが?
「うーん、男の人のプライドなんですかね……。この人と付き合うと決めたのは私だから、仕方ないです。もし別れることがあったら、私も塾をやろうかなと考えています」