「新劇はそれこそセリフをなぞっていくわけだけど、ホームドラマはそうじゃなくて、人間を演じる。それも現代の日常の世界に生きている人間だからね。
日常を演じるのは、もちろん大変ですよ。そのためには、自分を俯瞰で見て、普段の面白いことを感じていかないと。そのためには、当たり前のことを当たり前にやっていく。たとえば森繁さんは戦争をくぐりぬけてきたわけだけど、私たちは戦争のない、物の豊かな時代に生きちゃっているから人間の幅がなかなか広がらない。自分を深めるために、障害になるものはこっちが望まないと出会えない。だから、役者にとって日常が大切な学び場だと思うの。
そういう日常を常に俯瞰で見る──という視点は森繁さんから学びました。戦争で瀕死になった時の話を聞きながら物の見方を教わった。常に俯瞰で見ているから、どんなに悲惨な話でもどこかユーモアがあるのよ。
久世さん、向田邦子さん、私の三人は森繁さんに育てられた生徒なのよ。悲劇の中に笑いがあったり、哀しみの中にふっと息を抜ける瞬間があったり。人間って、よく見ているとそういうものじゃないかと思う。久世さんのドラマや向田さんの小説は、そういう人間のおかしさをうまく出しているでしょう。あれも、森繁さん流なのよ。
あそこで五十歳頃の一番脂の乗り切っている森繁さんに出会ったのは、大変な財産になったと思います」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
■撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2018年7月6日号