佐藤優氏(右)と片山杜秀氏 撮影/太田真三
片山:そう考えると「記憶にない」とひたすら繰り返す秘書官も「言った覚えはない」と一貫して否認し続ける財務次官もやっていることは陸軍の軍人とさして変わらない。官僚制と無謬性と「必勝の信念」の組み合わせで、回転して止まれなくて自壊してしまう。
佐藤:旧陸軍もいまの財務省も、国家最大のエリート官僚集団です。なぜエリート官僚が理解しがたい事態を招くのか。私はこうした社会状況を読み解くために、片山さんの『未完のファシズム』(※)に注目しているんです。
片山さんは「戦前日本のファシズムは“未完”、すなわち中途半端な形にならざるをえなかった」と結論付けています。なぜ戦前の日本のファシズムは、未完に終わったのか。そこが旧陸軍の暴走や現在の財務省の問題につながるのではないかと。
【※『未完のファシズム』/2012年に新潮社より刊行。「1945年の滅亡」までの道のりを、「持たざる国」という切り口から読み解く。満洲国をもって「持てる国」にしようとした計画や、「持たざる国」ゆえに跋扈した精神主義など、「持たざる国」からの脱却は様々な形をともなったが、結局、明治憲法や天皇制と相容れず、戦前の軍人たちが抱いた夢は、崩れ去ることになる】
◆なぜ「未完」か