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2018.07.27 11:00  女性セブン

細川貂々&釈徹宗の特別対談 落語のアナーキーさと魅力

貂々:ツレ(夫)がまだ大学生だった頃に聴いて、いちばん面白いと思ったと言うので、『替わり目』を聴きました。酔っ払いの言いたい放題の亭主の演目ですけど、これも私にはオチだけではなく、夫婦のあり方まで「えっ?」という感じなんです。夫から妻へのモラハラやセクハラ、アルコール依存などもあって…今だったら、とても許されない夫像ですよね。

釈:登場人物のメンタリティーが江戸後期から昭和初めにかけてですから、夫婦のとらえ方も今の価値観とは違います。それに落語はもともと男性が楽しむような芸能でしたので、男目線でできているネタがほとんどです。違和感が出て当然なんです。

貂々:『後生うなぎ』もそうです。殺生をしちゃいけないと、うなぎを蒲焼きにしようとするうなぎ屋からうなぎを買っては川に帰す優しい旦那が最後、赤ん坊を捌こうとしているうなぎ屋から赤ん坊を買って川に捨ててしまうというオチで、お客さんがわあーっと沸いたのが、私にはショックで。

釈:これで笑っていいの?っていう感じですね(笑い)。

貂々:えーっ、どこを笑うんだろうとか、帰りの電車の中で、ずうっとぐるぐる、ぐるぐる考えていました。

釈:この話には極端な信心深さを笑っちゃうという、落語のアナーキーさがあるんですね。信心のためなら何をしてもいいという偏りを、おかしいやろ、と笑うんです。

貂々:ああ、そうか、そうか。私が、落語ってもっと笑わせるものかと思っていたけど、納得できない話があるとか、えーっ?と思うだけで笑えないとかを描いたものだから、かえって落語に興味を持ったり、連載が楽しみになったという人もいました。

釈:よく考えるとヘンだけど、慣れると気にならなくなってしまう。それは、演じる側と見たり聴いたりする側のイマジネーションが共有されてチューニング、つまり同調されていくからなんですね。このチューニングするという作業が、時につらく苦しい日常を生きる上で、必要なことなんだと感じます。

※女性セブン2018年8月9日号

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