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2018.07.30 16:00  女性セブン

釈徹宗氏「立派でない人が基本的に笑う温かさが落語の魅力」

落語の魅力を語る釈さんと細川さん(撮影/杉原照夫・WEST)

 女性セブンで大好評を博した連載、細川貂々さんの落語コミックエッセイ『お多福来い来い てんてんの落語案内』が単行本化される。その発売を記念し、同書にも度々登場する釈徹宗さんと貂々さんのスペシャル対談を行った。今だから話せる連載裏話から落語と寄席の魅力まで、たっぷりとお届けします!

【プロフィール】
細川貂々/ほそかわ・てんてん。1969年生まれ。漫画家・イラストレーター。著書に『ツレがうつになりまして。』シリーズや『それでいい。自分を認めてラクになる対人関係入門』『わたしの主人公はわたし』『日帰り旅行は電車に乗って 関西編』など。

釈徹宗/しゃく・てっしゅう。1961年生まれ。宗教学者・浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授、特定非営利活動法人リライフ代表。著書に『お世話され上手』『落語に花咲く仏教』『70歳! 人と社会の老いの作法』(五木寛之との共著)など。

貂々:釈先生はいつ頃、落語と出会ったんですか?

釈:ぼくの子供の頃はラジオで毎日落語をやっていて、弟といつも聴いていました。一方、お寺の生まれですから、常日頃からお説教を聴いていた。だから、落語と寺のお説教のネタがかぶっているというのは子供のときから知っていたんです。もちろん、その理論は研究者になってから、わかるんですけどね。

貂々:落語にお寺やお坊さんが登場する話は多いですね。

釈:落語に出てくる言葉は、もとは仏教から出ているものが多いし、お説教の真髄は、「初めしんみり、中おかしく、終わり尊く」といって、静かに語りだし、途中で人々が退屈しないよう面白い話を入れ、最後は尊い仏の教えで終わることだといわれます。この「中おかしく」の部分が落語に発展していく。落語と仏教が似ているというのも、お坊さんのお説教の形態をそのまま引き継いでいるからなんです。貂々さんは、落語に出会って、人生変わりましたか?

貂々:変わりましたね。落語って、生きにくい人、弱い人とか、落ちこぼれている人とか、そういう人が主役になることが多いなと思ったんです。だから、私も落語の中なら主人公になれるかもしれないと思って気持ちがラクになったり、改めて自分を見つめるきっかけにもなりました。

釈:たまに立派な人が出てくる話もありますが、ほとんどは意志の弱い人、欲望に負ける人、ずるいことばかり考えている人。お坊さんもよく出てくるけど、ろくでもないのばかりでしょう(笑い)。そういう立派でない人たちが、肩を寄せ合って暮らして、基本的に笑うという温かさがあるのが落語なんです。

貂々:私は自分に自信がなくて、何もできないダメ人間だと思い込んできたんです。ネガティブ思考クイーンだったんですね。だから、落語の主人公の生きづらさと、自分の生きづらさはどう違うのかなとか、ここは一緒だとか、確認しながら、毎回描いていました。

釈:落語は噺家さんが発信するものをキャッチして、それを何倍にも増幅して楽しむという芸能なんですよ。そういう意味では、貂々さんのように人間観察が得意だとか、自己分析が得意な人こそ楽しめるんです。逆に言えば、人情の機微や人間のダメさ加減、悲しさがわからないと、なかなか楽しめない。

貂々:今の先生のお話を伺って思ったんですが、私は今、北海道で当事者研究の会というのを取材しているんです。それは、私のように生きにくさを抱えていたり、家族との人間関係に悩んでいたり、精神疾患を抱えた人たちが集まって、さまざまな苦労や葛藤を語り、仲間や支援者の経験も取り入れながら自分の助け方や理解を創造していくという研究会なんです。先生の「落語は自己分析するような人に向いている」というのを聞いて、落語とこの会はつながっていると思いました。

 当事者研究では、当事者が抱える生きづらさやさまざまな問題、苦労を当事者自身がとことん研究して、最後はみなさん、そうした問題や苦労を笑い飛ばすこともありました。

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