ライフ

出会い系で本を薦めた書店員が語る「落語コミック」の魅力

書店員が『お多福来い来い』の魅力を語る(第1回「弱法師」より)

 漫画家・細川貂々(てんてん)さんが初めて落語をテーマにしたコミックエッセイ集『お多福来い来い』(小学館刊、1296円)が話題になっている。そこで、書店員の目線から、その魅力を解説してもらった。

【評者】花田菜々子さん●1979年生まれ。有楽町にある『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』店長。著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』がベストセラーに。

 落語──それは大人の私たちの前に、しばしば踏み絵のように現れる話題である。

 かつて貂々さんがそうであったように、落語未体験の私も、あちこちから「落語は面白いよ」「最近ハマってるんだ」と言われるたびに、きっと面白いんだろうなあと感じつつ、同時に不安も感じてしまう。「もし観に行って、笑えなかったらどうしよう?」「意味がわからなかったらどうしよう?」と。けれど貂々さんもそこからいっしょにスタートしてくれるので、私たちは安心してこの本の世界に入っていける。

 そして驚いたことに、なんと落語は、最初は面白くないものとして現れる。笑えない、よくわからないものとして登場する。ある意味、こちらの不安どおりの展開だ。1話で終わる体験型コミックエッセイなら「というわけで、よくわかりませんでした。私には向いてないみたい」と終わってもおかしくないような内容。だが違和感の中にわずかなきらめきを感じた貂々さんは、少しずつその世界に引き込まれていく。

 本書は読めば読むほど、いくつもの側面を持った味わい深い本だ。まず、落語のあらすじを漫画で楽しく読めるし、落語の知識や裏話などを知ることもできる。

 それだけでも十分なのに、そこにとどまらないのがこの本の真骨頂だ。落語が生活に溶け込み、あるときは家族の団らん、あるときは思い出話のきっかけになる、日記のような面白さ。そして、親との関係、子どもの成長、他人とのコミュニケーション術、夫婦の在り方…「落語」をジャンプ台にして貂々さんの考えごとはどこまでものびやかに遠くまで広がっていく。自分の問題に引きつけ、「自分はどうなのか?」と問い続け、人生の悩みに照らし合わせていく。その咀嚼こそが、この本が「落語入門」のような実用書より何倍も深く、面白い秘密だろう。

 ネガティブ人間にとって「どんどん外の世界に出てみよう! みんなと仲よくしよう!」とポジティブに言われるほど苦痛なことはない。それができないから今、この自分があるのだ。だけど、そういう人間ほど、好きになれるものを見つけてしまうと無敵になってしまうもの。

 ひとつの「好き」が世界を広げ、自分をひっぱり上げ、そのことに関係ない人生の悩みまで解決していく。できそうにないと思うことがどんどんできるようになる。この、柔らかくも力強いムードが本全体に漂っていて、読んでいる側までホワーンと幸せな気持ちにさせられる。

 貂々さんは生活を豊かに生きるプロなのだと思う。生活を豊かにするとは、おしゃれなインテリアに囲まれて暮らすことではない。自分が面白いと思うものを見つけ、きちんと自分の人生に絡めて、生活に取り込んでいくこと。「私なんてネガティブだから」と言いながらそれを楽しんでやってのける貂々さんの魅力、そして貂々さんをそんな風に突き動かす落語の魅力がはちきれんばかりに詰まった1冊だ。

※女性セブン2018年8月16日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

世界的な人気を誇るシンガー・d4vd(20)(Instagramより)
「行方不明の10代少女のバラバラ遺体が袋詰めに」世界的人気歌手・d4vdが所有する高級車のトランクに遺棄《お揃いのタトゥー「 Shhh…」で発覚した2人の共通点》
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんを支える「絶対的味方」の存在とは
《ハワイ別荘・泥沼訴訟を深堀り》大谷翔平が真美子さんと娘をめぐって“許せなかった一線”…原告の日本人女性は「(大谷サイドが)不法に妨害した」と主張
NEWSポストセブン
須藤被告(左)と野崎さん(右)
《紀州のドン・ファンの遺言書》元妻が「約6億5000万円ゲット」の可能性…「ゴム手袋をつけて初夜」法廷で主張されていた野崎さんとの“異様な関係性”
NEWSポストセブン
神田正輝の卒業までに中丸の復帰は間に合うのか(右・Instagramより)
《神田正輝の番組卒業から1年》中丸雄一、『旅サラダ』降板発表前に見せた“不義理”に現場スタッフがおぼえた違和感
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
「タダで行為できます」騒動の金髪美女インフルエンサー(26)の“過激バスツアー”に批判殺到 大学フェミニスト協会は「企画に参加し、支持する全員に反対」
NEWSポストセブン
ラーメン店の厨房は暑い(イメージ)
《「汗を落とすな」「清潔感がない」》猛暑で増えた「汗クレーム」 熱湯で麺を茹で上げるラーメン店やエアコンが使えないエアコン取り付け工事にも
NEWSポストセブン
主人公・のぶ(今井美桜)の幼馴染・小川うさ子役を演じた志田彩良(写真提供/NHK)
【『あんぱん』秘話インタビュー】のぶの親友うさ子を演じた志田彩良が明かすヒロインオーディション「落ちた悔しさから泣いたのは初めて」
週刊ポスト
寮内の暴力事案は裁判沙汰に
《いまだ続く広陵野球部の暴力問題》加害生徒が被害生徒の保護者を名誉毀損で訴えた背景 同校は「対岸の火事」のような反応
週刊ポスト
どんな役柄でも見事に演じきることで定評がある芳根京子(2020年、映画『記憶屋』のイベント)
《ヘソ出し白Tで颯爽と》女優・芳根京子、乃木坂46のライブをお忍び鑑賞 ファンを虜にした「ライブ中の一幕」
NEWSポストセブン
俳優の松田翔太、妻でモデルの秋元梢(右/時事通信フォト)
《松田龍平、翔太兄弟夫婦がタイでバカンス目撃撮》秋元梢が甥っ子を優しく見守り…ファミリーが交流した「初のフォーショット」
NEWSポストセブン
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《即完売》佳子さま、着用した2750円イヤリングのメーカーが当日の「トータルコーディネート」に感激
NEWSポストセブン
国連大学50周年記念式典に出席された天皇皇后両陛下(2025年9月18日、撮影/JMPA)
《国連大学50周年記念式典》皇后雅子さまが見せられたマスタードイエローの“サステナブルファッション” 沖縄ご訪問や園遊会でお召しの一着をお選びに 
NEWSポストセブン