あたま山を歩いていた男が、別の男に激しく突き飛ばされた。懐を探ると財布がない。「スリだ!」と思うが「待てよ、そんなわけないな」と思い返す。「いや、やっぱりスリだ」「いや違う」という自問自答の堂々巡りの挙句、「履き慣れない雪駄で追いかけるにはどうするか」を様々なパターンで検証し始めて一向に先に進まない。これは『八五郎方向転換』という吉笑の新作だ。
ここまでを『あたま山・前半』とし、休憩を挟んで『あたま山・後半』へ。あたま山には寄席まで出来た。2人連れが寄席に行くと、噺家がこの日の自分たちの行動を落語として語り始めた。落語の中の2人が寄席に行くと、噺家がまた「落語の中の自分たち」のことを話し始める。「落語の中の落語の中の落語の中の落語の中の……」という無限ループ。廃業した立川春吾から吉笑が受け継いだ新作『明晰夢』である。
頭の上の連中の騒がしさに嫌気が差した徳さんは桜の枝に首をくくって死のうとするが、「勝手に死ぬんじゃない」と下から声が。徳さんは別の男の「あたま町」の住人だったのだ。だが「あたま町」は別の男の「あたま列島」の上にあった……。
新作2席を織り交ぜた吉笑版の『あたま山』。元の設定の不条理さを一層推し進めて聴き応えのある作品になった。さすがである。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年8月17・24日号