ライフ

【著書に訊け】辻村深月「もうやめて」と思わず声出る短編集

小説集『噛みあわない会話と、ある過去について』を上梓した辻村深月さん(撮影/浅野剛)

【著者に訊け】辻村深月さん/『噛みあわない会話と、ある過去について』/講談社/1620円

【本の内容】
『ナベちゃんのヨメ』『パッとしない子』『ママ・はは』『早穂とゆかり』の4編からなる小説集。大学時代の仲間の結婚相手をめぐるやりとり、国民的アイドルとなった教え子と再会した小学校教師の特別な1日など、シチュエーションはさまざまだが、「過去」に向きあうというコンセプトでつながっている。淡々とした文章で語られる、“噛みあわない会話”の心理劇が恐ろしく、いったいどんな結末を迎えるのか、とハラハラする。自分もこの登場人物たちのように、無自覚に人を傷つけてこなかったろうか、過去に復讐されるのではないかと顧みつつも、読後感は爽快。

 4つの短編は、いずれもごくありふれた日常の描写から入って、いつしか胸をえぐられるような緊張感にとらわれる。

 辻村さんは、学校で居場所を奪われてしまった中学生の少女を主人公にした『かがみの孤城』で、2018年の本屋大賞を受賞した。

「主人公は、理不尽に傷つけられた少年少女たち。彼らに共感して読んでくれた読者の方も多いのではと思います。一方で、書きながら、相手を傷つける側の気持ちはどうなっているんだろう、と知りたくなって。『早穂とゆかり』では、大人なら絶対に避けるような気まずい会話をあえてぶつけ合っています。書きたかったシーンですが、消耗しました(笑い)」

 取材のため、塾経営者の同級生・ゆかりのもとを訪れた記者の早穂。今は活躍するゆかりだが、小学校時代、彼女は「イケてない」少女だった。過去には触れまいと決めていた早穂だが、ゆかりから当時の話が切り出されると、2人の会話はどうしても噛みあわない。このコンセプトが、印象的なタイトルに結びついた。

「書いてみて実感したのは、現実の世界に紋切型で動く『悪役』は滅多にいないこと。その人なりの信念や正義がある。だから傷つけあうし、噛みあわないんです」

 我々が日常で出会う衝突の原因が、浮かび上がる。

「最近は、自分にとっての正解がかならずしも誰かにとっての正解だとは限らない、ということを意識するようになりました。小説も、正解を一つに決めて提示する書き方はしなくなってきた。傷つける側の視点にたって、彼らなりの『理由』を描けたという手応えがあります。厳しいことも書いているので、怖いと感じる方もおられるかもしれませんが…」

 本書を読んだ読者からは、「怖かったけど、救われる思いがした」との声が。

「その言葉を聞いたときに、どんな小説を送り出しても、きちんと受け止めてもらえるんだという安心感をいただきました。たとえすべての人が共感できる小説ではないとしても、誰かにとっての特別な一冊になったら、そんなに嬉しいことはありません。ときにはとんがった作品も含めて、自分の書きたいものを大事に書いていきたいと思っています」

■取材・構成/由井りょう子

※女性セブン2018年8月23・30日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
池田被告と事故現場
《飲酒運転で19歳の女性受験生が死亡》懲役12年に遺族は「短すぎる…」容疑者男性(35)は「学校で目立つ存在」「BARでマジック披露」父親が語っていた“息子の素顔”
NEWSポストセブン
若隆景
序盤2敗の若隆景「大関獲り」のハードルはどこまで下がる? 協会に影響力残す琴風氏が「私は31勝で上がった」とコメントする理由 ロンドン公演を控え“唯一の希望”に
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(公式サイトより※現在は削除済み)
《15歳女子生徒にわいせつ》「普段から仲いいからやっちゃった」「エスカレートした」“やる気スイッチ”塾講師・石田親一容疑者が母親にしていた“トンデモ言い訳”
NEWSポストセブン
9月6日に悠仁さまの「成年式」が執り行われた(時事通信フォト)
【なぜこの写真が…!?】悠仁さま「成年式」めぐりフジテレビの解禁前写真“フライング放送”事件 スタッフの伝達ミスか 宮内庁とフジは「回答は控える」とコメント
週刊ポスト
交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
『徹子の部屋』に月そ出演した藤井風(右・Xより)
《急接近》黒柳徹子が歌手・藤井風を招待した“行きつけ高級イタリアン”「40年交際したフランス人ピアニストとの共通点」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン
世界的アスリートを狙った強盗事件が相次いでいる(時事通信フォト)
《イチロー氏も自宅侵入被害、弓子夫人が危機一髪》妻の真美子さんを強盗から守りたい…「自宅で撮った写真」に見える大谷翔平の“徹底的な”SNS危機管理と自宅警備体制
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン