著者が文学作品を本当に楽しんで読んでいる素直な気持が伝わってくる。分析や裁断とは無縁。自身の体験と重ね合わせながら、作品のいいところを静かに味わう。蕪村の牡丹の句に美しさを感じることが出来るようになったのは、自分で牡丹を苗から育てて咲かせたから。枝から芽が出て葉になり蕾になりやがて大輪の花を咲かせる。その過程を知ることで「美しい」とは何かの理解に近づいた。
著者はピアノを弾く。だからますます音に鋭敏になる。映画にもなったバリッコの「海の上のピアニスト」論は著者のピアノへの愛情にあふれている。ピアノだけではない。英語もフランス語も好き。「好き」で世界と関わっている。宮澤賢治の作品に教会の鐘の音を聴くくだりは清澄そのもの。
※週刊ポスト2018年9月21・28日号