ライフ

ダウン症羊水検査誤診で提訴、当事者に寄り添った実話

命に線を引くことの難しさが浮き彫りに(写真はイメージ)

【著者に訊け】河合香織さん/『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』/文藝春秋/1836円

【本の内容】
 2013年、〈羊水検査の誤った結果を医師から伝えられたために、ダウン症の子を出産したとして母親が医師を提訴した〉というニュースがセンセーショナルに報じられたのを覚えているだろうか。本書はその母親や関係者への取材を発端に、京都で20年以上前にあったダウン症児をめぐる裁判のその後、中絶にかかわる医師や助産師の心境、昨今大きなニュースになっている強制不妊をめぐる原告など、実に5年にわたる丹念な取材をまとめた労作。

 生まれなければ、この子は苦しむこともなかった──妊娠中の羊水検査の結果を見落とした医師を訴える裁判は、命の選別は許されるのかという根源的な問いを突き付け、話題を呼んだ。本書は、当事者である母親に長期間取材し、マスメディアの報道では伝えられない心情に迫っている。

「裁判が始まる少し前に私も出産していて、妊婦健診でダウン症などの可能性があるかもしれないと言われたんですね。これまで障害のある人をテーマに本を書いているし、友人もいて、偏見も差別意識もないと思っており、産むと決めて出生前診断は受けなかったのですが、いざとなると、元気で生まれてほしいと強く願いました。その立場にならないとわからない葛藤や悩みや苦しみがあると気づいて、母親がどんな思いで医師を訴えたのか知りたいと思いました」

 当初、非を認め、裁判を起こすようすすめた医師は、生後3か月で子供が亡くなると態度を急変させた。短い人生を苦しむだけで終えたこの子に謝ってほしい。そう願って提訴に踏み切った母親だが、裁判で不利になるとわかっても、検査の結果を正しく伝えられていたら中絶していた、と断言することがどうしてもできない。

「取材で何回も聞きましたけど、『産まなかった』とは一度もおっしゃらなかった。言えないんだと思います。お子さんの髪の毛を肌身離さず持ち歩いて。命を選ばなくてはいけない立場になったときこれほどの葛藤があるということが、この本で伝われば」

 法的には胎児の障害を理由にした中絶は認められていないが、出生前診断の技術は進歩し、建前と現実の乖離は広がる。20年前のダウン症児の出産をめぐる裁判の当事者や、ダウン症児を育てている里親、優生保護法下で強制的に不妊手術を受けさせられた女性ら、さまざまな立場の人に話を聞くなかで、生まれてくる命に線を引くことの難しさが浮き彫りになる。

「今は当事者が選ぶということになっていますけど、偏った情報しかなければ本当の意味で選んでることにならないんじゃないでしょうか。命の問題を家族だけに背負わせるのではなく、社会全体で広く考えていくべきだと思います」

◆取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2018年9月27日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《全国で被害多発》クマ騒動とコロナ騒動の共通点 “新しい恐怖”にどう立ち向かえばいいのか【石原壮一郎氏が解説】
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン