橘:読者ハガキって、お金を払って雑誌を買って、そのうえわざわざ手間をかけて書いてきてくれるものですよね。批判があってもちゃんと読んだうえでのもので、「ああ、そうなのか」と勉強になりました。たんなる悪口のためにわざわざハガキを出すひとはいないから、好意的な感想が多くなって、読むと元気になるんですよね。
中川:あと、読者プレゼントがほしいから、褒めておけという気持ちになるんでしょう。
橘:編集者にとって読者ハガキってすごく楽しみなものですけど、ブログだと気に入らないものを叩くコメントばかりだから、読んでいるとどんどん嫌な気持ちになってくる。僕がまだ編集者をやっていた1990年代の終わり頃には、ブログをやろうと意気込む作家さんも多かったんですが、みんな叩かれまくるから怒ってやめるか、コメント欄を閉鎖してしまう。読者ハガキのイメージがあって、「ああいう優しい声がネットでたくさん来るんだろう」って思って始めて、罵詈雑言ばかりで唖然とするという繰り返しが、1990年代の終わりから2000年代の初めまでの状況でした。
中川:私の場合は、ネットへの達観については2002年のメルマガ炎上という原体験があって、次に大きかったのが2004年と2006年の体験です。2004年はアメーバブックスというサイバーエージェントの子会社の出版社が、芸能人ブロガーとか、面白いブログを書く人のブログを元に本を作ろうと考えて、出版業を開始しました。そこで書籍編集もやったし、広報業務もやりました。同社が出す書籍の中に住谷杏奈さんっていうカリスマ主婦ブロガーの本があり、彼女の本のPRもやりました。彼女の夫はレイザーラモンHGという“ハードゲイ”キャラで売り出し「フォー!」で流行語大賞を取った芸人の奥さんです。杏奈さんのブログは「主婦魂」(しゅふたま)というタイトルです。
橘:ハードゲイなのに奥さんがいるんですか?
中川:HGはキャラとしてはハードゲイですが、実際はハードゲイではありません。
橘:ああ、そうなんですか。
中川:杏奈さんが、パンを焼いたとブログに書いたら、「これ、山崎パンの写真だろう!」っていうツッコミが入って、2ちゃんねるで炎上したんです。それ以降も杏奈さんはブログに書いたものが叩かれまくるんですよ。本を出す時も、「こんなバカなブログで本を出すなんて、どういうことだ、クソ!」とまたいっぱいクレームが来るし、我々も彼女をいかに守るかを考えていましたね。これがネット炎上にまつわる2回目の大きな体験です。結局杏奈さんは山崎パンだったことを2017年に認めましたが、私は彼女のこの10年以上越しの謝罪は本当に立派だったと思っています。