やがて3人は工場と決別し、衣食を全て自力で賄う原始生活に突入。敵が来れば襲い、その肉を食らってまで生きようとする彼らが、いっそ清々しくすら思えてくるのも村田ワールドだ。
「それこそ『強盗に襲われたらどうする?』みたいな話を友達とした時に、私が『ワンチャン(one chance)だけ頑張る!』と言ったらそれが妙にウケて、内々の流行語になったことがあるんです。『その状況で、ワンチャンって何よ』みたいな感じで(笑い)。でもそういう妙なポジティブさが私にはあるみたいで、とにかく生き延びることが普遍の真理のような気もするんです。
私はゴキブリが嫌いで、見つけたら殺しますが、初めて見た時は綺麗な虫だと思ったし、もし昆虫食が一般的な国にいたら美味しく食べていたかもしれない。そう考えると、人間に植え付けられた価値観って面白いなあと、小説を書けば書くほど思えてくるんです」
奈月が凌辱される場面や由宇と契りを交わすシーンにしても、村田氏はそれを誰のものでもない初めての言葉で描写しようとする。だから世界がどんな言葉に毒されようと彼女の作品は自由で、人が人を生き抜くために必要な虚構たりうるのだ。
●むらた・さやか:1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒。2003年『授乳』で第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、2016年『コンビニ人間』で芥川賞。本作は受賞後第一作。「受賞した夜に『忙しくてこれから半年は記憶がなくなるよ』とか『肉食べた方がいいよ』って先輩方に言われて、大げさだなあと思ったんですけど、本当でした(笑い)」。152センチ、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2018年11月2日号