〈私は、人間を作る工場の中で暮らしている〉〈私と夫の子宮と精巣は「工場」に静かに見張られ〉〈生命を製造しない人間は〉〈やんわりと圧力をかけられる〉……。
それがあるサイトで知り合った〈智臣くん〉と肉体関係抜きの契約結婚をした、奈月の考える地球だった。
「書かないことも考えた大人編をいざ書いてみたら、この智臣くんが結構な変人で(笑い)。奈月がポハピピンポボピア星人だと理解して上辺だけじゃない関係を築いたり、奈月と由宇も再会できたり、やっぱり生き延びさせてよかったな、と。
その3人がまさか終盤でああいう生活を始めるとは思わなかったけれど、奈月の少女時代を書くつらさに比べればまだましでした。気配を消すとか、ごみ箱になるとか、そんなのは魔法ではないですから……」
地球=人間工場に対する三者三様の態度が秀逸だ。積極的に工場に洗脳され、部品になることを望む奈月に対し、由宇はただ環境に流されることを望み、最も批判精神に富むのが〈宇宙人の目〉がダウンロードされたと信じ込む智臣だった。彼は言う。〈『価値観』というものも、『工場』の洗脳なんですよ〉〈本当に怖いのは、世界に喋らされている言葉を、自分の言葉だと思ってしまうことだ〉
「私は怒るのが苦手で、それが本当に自分から湧き出た怒りなのか、単に誰かの怒りをなぞっているのか、わからなくなるんですよね。物を食べる時も情報を食べている感覚があるし、いつか恋や結婚をして子供を産まなきゃいけないと思うのも工場の洗脳かもしれない。
もちろんそのことをどう思うかは人それぞれですし、私は地球星人がポハピピンポボピア星人より劣るとか、自分こそが普通で常識的だと思う奈月の家族や友達を馬鹿にするつもりもない。というのも私自身が規則や常識を逸脱できない人間で、コンビニ店員として常識的に行動し、感謝される心地よさを、あくまで肯定的に書いたのが『コンビニ人間』(芥川賞受賞作)なんです。人を窮屈にも楽にもする常識というものに対して、距離感さえ自覚していればいいのでは、と思います」