岩波も角川も漱石を尊敬し、『漱石全集』を出している。阿部次郎は漱石山房に出入りし、朝日新聞文芸欄に執筆したことが契機で物書きになり、ロングセラー『三太郎の日記』の著者になった。阿部の最初の本は森田草平、小宮豊隆、安倍能成といった漱石門下生との共著だった。漱石は自らを慕ってやってきた「三太郎」ならぬ「三四郎」たちの生態を、将来も含めて洞察していたのだ。
スタートダッシュで跳び出した阿部の人生は、徐々に負け組になっていく。我よりも友が偉く見えても、阿部は動じない。マニュアル化された昭和教養主義には、「教養とは自分を造りあげること」と異議を唱えた。左傾した長女の逮捕、親友の和辻哲郎夫人との三角関係疑惑など、波乱にとんだ生涯に興味は尽きない。著者の教養主義研究の総仕上げともいうべき豊饒な書物である。
※週刊ポスト2018年11月30日号