こうした「やりとり力」は、尚を相手にした時はもちろん、たとえば息子・恵一との間で特徴が出ていたように思います。子供の相手をする時の真司は、頭ごなしに「あれしちゃダメ」などと親ぶらず、自然に子供目線になれる。身体を屈め息子の目の位置になり、子供が興味を持ちやすく理解しやすいような言葉で語りかける。
「公園に行きたい」と駄々をこねる息子に対して、「お母さんは身体の調子がよくないから遠くにはいけないんだよ」と言い、さりげなく毛糸で二人の手をつなぎ「さあ、お母さんにパワーを送ってあげよう」と誘う。子供も楽しくなって一緒に「パワー」とジェスチャーをする……。
そう、普通なら頭をギュッと押さえつけて叱ってしまうのが父親。「今は無理だから我慢しろ、ワガママを言うな」と指図するのが当然のこと。しかし、真司は違う。アルツハイマー病を患い記憶が薄れていく母と遊びたい盛りの息子、その両方の想いを満たし両方を傷つけない真司がたしかにいました。
もちろん、真司の性格は脚本家によるものですが、口先でセリフを言うのではなく身振りも口調も表情も含め、ムロさんは相手の目線になれる人物を血肉化し体現していました。それが視聴者に、極上の「優しさ」として映ったのでしょう。そう、ムロ的目線の低さに女性視聴者は痺れたのだろうと思います。
今回のドラマは女医と貧乏小説家という設定でスタートしました。「美女と野獣」的な要素もあり、当初そのあたりが目を惹きました。しかし、設定だけでドラマが当たるわけではありません。「美女と野獣」的設定といえば、前クールに石原さとみさんがヒロインを演じた『高嶺の花』(日本テレビ系)も同様でした。相手役・直人(峯田和伸)との恋愛シーンも満載でしたが、今ひとつ女性視聴者の共感を集められず、視聴率も一桁台に沈んだことは記憶に新しいのではないでしょうか。
全てを「深い優しさ」に転化していくムロさんの力が、今回の賞賛につながった──そう感じるのは、きっと私だけではないでしょう。