平成の三十年は、世界でトップになったと自負していた日本の経済力が、坂を下り続けた時代でもあった。なかでも、日本を代表する家電メーカーの凋落ぶりは、平成が始まったときは誰も予想していなかったものだ。ノンフィクション作家の岩瀬達哉氏が忘れてはいけない「平成」の記憶を記した一冊として選んだ書は、本来の日本型経営についてまとめた故・松下幸之助の名著だった。
●『[新装版]決断の経営』/松下幸之助著/PHP研究所/952円+税
パナソニック(旧松下電器産業)の創業者である松下幸之助は、平成元年4月、94歳の生涯を閉じた。尋常小学校を4年で中退した幸之助が、夫人と義弟の3人ではじめた家族経営のささやかな作業場は、その時点で、売上高6兆円を誇る世界的企業にまで発展していた。
しかし平成に入るやパナソニックは売り上げを落とし、経営は迷走した。
郷党の偉人であり、「経営の神様」と称された幸之助の会社で、何が起きていたか。私は、足かけ10年にわたり、幸之助から直接薫陶を受けた人々を訪ね歩いた。そこから見えてきたものは、組織に付き物のエゴと欲望の渦巻く人事抗争だった。
創業家の影響力を保持し、会社を支配し続けようとした松下家を代表する松下正治会長が、時代に遅れない新しい経営を行おうとしていた経営陣を一掃。3代にわたり自身に忠実な社長を起用してきたのだ。そして上級管理職たちもまた、トップの顔色をうかがい、その意向に沿った仕事をするようになる。何をすべきかではなく、誰に嫌われないかが関心事となり、正しい意思決定ができなくなっていたのである。