◆「永和元年」が決まるまで

 さて、それでは実際にどのような手順で改元が行なわれたかを見ていこう。例に挙げるのは南北朝時代の応安から永和への改元である(典拠は貴族の日記である『愚管記』と『迎陽記』が主で、他に様々な記録の類。『大日本史料』六之四十三所収)。

 この時、後円融天皇が即位したので、応安8年(1375年)を永和元年に改めた。なお、これは京都の朝廷(北朝)の話で、この時期には吉野にも南朝があった。明治以降は水戸学を受けて南朝が正統とされたが、それまでの朝廷では、北朝が正統であることは常識であり、疑いすら持たれなかった。

 この年の2月4日、今月中に改元があるらしいことが貴族の間に伝わる。

 8日、改元の一件の実務を担当する(これを当時は「奉行する」といい、その任に当たる人を「奉行」と称した)蔵人・右少弁の坊城俊任が新しい元号を勘案する人(勘者)のところに赴き、「来る24日に新元号を定める会議(改元定)を開きます。その場にあなたの案を披露して下さい」と依頼する。

 10日、改元定への出席メンバーのもとに赴き、「改元定に出席して下さい」と伝える。

 改元定の予定は24日だったが、諸事情あって、27日に延引した。24日ごろ、5人の勘者は自分の意見を会議の出席者それぞれに知らせている。

 27日、御所の正式な会議室で改元定が開催される。出席者は9人。

【1】右大臣・九条忠基
【2】前権大納言・三条実音
【3】大納言・中院具通
【4】大納言・近衛兼嗣
【5】中納言・柳原忠光
【6】中納言・洞院公定
【7】中納言・三条公時
【8】中納言・万里小路嗣房
【9】参議・中御門宗泰

 彼らの手もとには、資料として、5人の勘者の意見書が準備される。意見書は次のように元号の案と、出典を書いたものである。

「年号事
嘉長
 文中子曰、嘉謀長策、勿慮不行、
寛正
 孔子家語曰、外寛而内正、
嘉慶
 荘子注疏曰、吉者福善之事、祥者嘉慶之徴、

  前権中納言藤原朝臣
  (勘解由小路)兼綱」

 勘者は次の面々。文章博士二人が含まれていることから分かるように、貴族社会で物知りと評価された人たちである(現在の有識者に当たる)。

【あ】前権中納言・勘解由小路兼綱
【い】権中納言・柳原忠光(改元定出席者でもある)
【う】左大弁・東坊城長綱
【え】文章博士・菅原在胤
【お】大学頭兼文章博士・日野氏種

 彼らが提案したのは元号の案は以下の通り。

【あ】嘉長・寛正・嘉慶
【い】永和・宝仁・寛永
【う】慶長・文昭・文長
【え】建初・延徳・文弘
【お】観仁・貞享・建正

 勘者の提案をもとに、9人の会議出席者は適当な元号を選ぶ話し合いを始める。この時の議事の進め方は、いわば重箱の隅のつつき合い。この「嘉長」という案にはこういう欠点がある、とけなす。かくて、この減点法による論議で生き残ったものが候補となる。

 たとえば、【3】の中院具通は「和の字には軍門という意味がある」と言い出す(典拠は不明)。これに則ると、「永和」という案だと「永く武を用いる」という意味になる。となると戦争の絶え間がない、という意味にとれるので、まずい。だれかが、でも「文和」という元号が既にあるぞと言うと、いや「文和」ならば、文が上で武が下になるので良いのだ、と言い返す。屁理屈というか子どもの口喧嘩のレベルかもしれないが、この調子で議論を進めていく。

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