『「首尾一貫感覚」で心を強くする』著者の舟木彩乃氏


『夜と霧』を読んでいくと、フランクル自身がこうした首尾一貫感覚の高い人だったことがわかるという。たとえば、『夜と霧』の冒頭で、フランクルは収容所から生還した自分たちをこう表現している(以下、『夜と霧』の引用は池田香代子訳・みすず書房刊より)。

〈何千もの幸運な偶然によって、あるいはお望みなら神の奇跡によってと言ってもいいが、とにかく生きて帰ったわたしたちは……〉

「『何千もの幸運な偶然』『神の奇跡』といった表現から、『なんとかなる』『なるようになる』という処理可能感や、『どんなことにも意味がある』という高い有意味感を持っていることが推察されます。でも、フランクル氏がいうように、収容所から『生きて帰った』ことは、本当にすべてが『偶然』であり、『奇跡』だったのでしょうか?

 たしかに、フランクル氏を含む被収容者たちは、生き地獄のなかでギリギリの選択を迫られ、あるいは選択の余地すらない状態で、死の危機から偶然にまぬがれたこともたびたびありました。しかし、それだけではなく、生還者たちが高い『首尾一貫感覚』を持っていたために『死』や『生の苦しみ』からも救われていたと思われる箇所が随所に出てくるのです」

◆“見通しのつかない不安”で精神が崩壊する

 フランクルの分析の中でも興味深いのは、被収容者たちが「収容所世界」の影響に染まっていった原因の1つは、“見通しのつかない不安”だったとしている点だ。多くの被収容者の報告書や体験記には、彼らの心に最も重くのしかかっていたのは「どれほど長く強制収容所に入っていなければならないのか、まるでわからないことだった」と記述されている。たとえば、こんな表現がある。

〈収容所に一歩足を踏み入れると、心内風景は一変する。不確定性が終わり、終わりが不確定になる。こんなありよう(引用者注/収容所内での過酷な生活のこと)に終わりはあるのか、あるとしたらそれはいつか、見極めがつかなくなるのだ。(中略)いつ終わるか見通しのつかない人間は、目的をもって生きることができない。(中略)未来を見すえて存在することができないのだ。そのため、内面生活はその構造からがらりと様変わりしてしまう。精神の崩壊現象が始まるのだ〉

「“見通しのつかない不安”とは、つまり首尾一貫感覚でいうところの『把握可能感』がまったく持てない状態です。この過酷な生活がいつまで続くのかわからない──そんな“把握不可能”な状態が延々と続くために、やがて『精神の崩壊が始まる』というのです」

 さらにフランクルは、強制収容所における内面生活(精神的な面、心理的な面から見た人間の生活のこと)で「追憶」ばかりしている人を、人間として破綻した人たちであると呼んでいる。そして、追憶という行為は「現実をまるごと無価値なものに貶めること」だとしている。

〈人間として破綻した人の強制収容所における内面生活は、追憶をこととするようになる。未来の目的によりどころをもたないからだ〉

「追憶という名の現実逃避は、そのときの苦しさから一瞬逃れられるという利点があります。しかし、この方法を何度活用しても根本的な解決にはつながりません。フランクル氏は、『追憶をすること、つまり逃避というストレス対処法を選択する人間には成長は望めない』というような意味のことを述べています。一時的な逃避ばかりしていては、『なんとかなる』という『処理可能感』を高めることができません。そのため、やはりストレスに押しつぶされてしまうのです」

関連記事

トピックス

鮮やかなロイヤルブルーのワンピースで登場された佳子さま(写真/共同通信社)
佳子さま、国スポ閉会式での「クッキリ服」 皇室のドレスコードでは、どう位置づけられるのか? 皇室解説者は「ご自身がお考えになって選ばれたと思います」と分析
週刊ポスト
松田烈被告
「テレビ通話をつなげて…」性的暴行を“実行役”に指示した松田烈被告(27)、元交際相手への卑劣すぎる一連の犯行内容「下水の点検を装って侵入」【初公判】
NEWSポストセブン
Aさんの左手に彫られたタトゥー。
《10歳女児の身体中に刺青が…》「14歳の女子中学生に彫られた」ある児童養護施設で起きた“子供同士のトラブル” 職員は気づかず2ヶ月放置か
NEWSポストセブン
会談に臨む自民党の高市早苗総裁(時事通信フォト)
《高市早苗総裁と参政党の接近》自民党が重視すべきは本当に「岩盤保守層」か? 亡くなった“神奈川のドン”の憂い
NEWSポストセブン
知床半島でヒグマが大量出没(時事通信フォト)
《現地ルポ》知床半島でヒグマを駆除するレンジャーたちが見た「壮絶現場」 市街地各所に大量出没、1年に185頭を処分…「人間の世界がクマに制圧されかけている」
週刊ポスト
連覇を狙う大の里に黄信号か(時事通信フォト)
《大相撲ロンドン公演で大の里がピンチ?》ロンドン巡業の翌場所に東西横綱や若貴&曙が散々な成績になった“34年前の悪夢”「人気力士の疲労は相当なもの」との指摘も
週刊ポスト
お騒がせインフルエンサーのボニー・ブルー(インスタグラムより)
「バスの車体が不自然に揺れ続ける」“タダで行為できます”金髪美女インフルエンサー(26)が乱倫バスツアーにかけた巨額の費用「価値は十分あった」
NEWSポストセブン
イベント出演辞退を連発している米倉涼子。
《長引く捜査》「ネットドラマでさえ扱いに困る」“マトリガサ入れ報道”米倉涼子はこの先どうなる? 元東京地検公安部長が指摘する「宙ぶらりんがずっと続く可能性」
アドヴァ・ラヴィ容疑者(Instagramより)
「性的被害を告発するとの脅しも…」アメリカ美女モデル(27)がマッチングアプリで高齢男性に“ロマンス”装い窃盗、高級住宅街で10件超の被害【LA保安局が異例の投稿】
NEWSポストセブン
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(時事通信フォト・目撃者提供)
《ラブホ通い詰め問題でも続投》キリッとした目元と蠱惑的な口元…卒アル写真で見えた小川晶市長の“平成の女子高生”時代、同級生が明かす「市長のルーツ」も
NEWSポストセブン
韓国の人気女性ライバー(24)が50代男性のファンから殺害される事件が起きた(Instagramより)
「車に強引に引きずり込んで…」「遺体には多数のアザと首を絞められた痕」韓国・人気女性ライバー(24)殺害、50代男性“VIPファン”による配信30分後の凶行
NEWSポストセブン
本拠地で大活躍を見せた大谷翔平と、妻の真美子さん
《真美子さんと娘が待つスイートルームに直行》大谷翔平が試合後に見せた満面の笑み、アップ中も「スタンドに笑顔で手を振って…」本拠地で見られる“家族の絆”
NEWSポストセブン