高貴な立場にあった人々も「人妻」を恋愛対象として讃美する歌を詠んでいる。
〈紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人嬬ゆゑに 我恋ひめやも〉
(紫草のように光り輝くあなたが憎ければ、人妻と知りながら、私は恋したりするものか)
「これは大海人皇子が元妻の額田王に贈った歌です。宴席での戯れ歌だという説もありますが、どうでしょう。この時、額田王は大海人の兄の天智と再婚しています。古代日本ではこうした三角関係が政治闘争と関係していることが多いのです。この歌は額田王への未練だけでなく、兄への挑発と見ることもできるかもしれません」
他にはこんな歌も。
〈他妻に 吾も交はらむ 吾妻に 他も言問へ この山を うしはく神の 昔より 禁めぬ行事ぞ〉
(人妻に私も交わろう。我が妻に人も言い寄れ。この山を治める神が、昔から諫めぬ行事だ)
豊穣を祈願する儀式に際したストレートな男の願望である。反対に女性が詠ったこんな直接的な歌もある。
〈人妻に 言ふは誰がことさ衣の この紐解けと 言ふは誰がこと〉
(人妻を口説くのは一体誰なのかしら。下着の紐を解けというのは誰のことば?)
古の時代から男女の欲望は奥深い。
※週刊ポスト2019年4月26日号