◆企業にとっても有益なはずなのに
一般的にいえば、ビジネススクールで学ぶことで、学習する習慣や専門的知識、論理的な思考が身につき、社外に人脈も広がる。しかも学生が自分の時間を割き、自費で通学するのだから、会社としてはコストをかけずに社員教育ができる。会社にとってもメリットは大きいはずだ。実際に多くの会社が、社員に通信教育などの自己啓発を促し、費用などの面で支援している。
にもかかわらず、ビジネススクールへの通学やMBAの取得には、なぜこれほど冷たいのだろうか? 社員のMBA取得を会社が必ずしも奨励しない表向きの理由は、概ねつぎのようなものである。
「抽象論が多く、実務に直結しない」
「現場の地道な仕事を軽視する」
「勉強に精力を奪われ、仕事がおろそかになりかねない」
◆日本企業の風土とMBAは水と油
しかし、ほんとうの理由はもっと別のところにあるようだ。それは、MBAが日本企業の「会社共同体」的風土と調和しないことである。
周知のようにわが国では、会社が「同じ釜の飯を食う」運命共同体にたとえられる。そこでは全員が同じ方向を向いて、利害・打算抜きで会社のために貢献する姿勢が求められてきた。また会社の内と外は厚い壁で仕切られ、内側には濃密な人間関係と年功に基づく整然とした序列が存在する。
MBAは、こうした共同体型の価値観や慣行とことごとく対立する。
まずあげられるのは、MBAが身につけている能力の性質だ。一般に仕事の能力は、特定の企業のなかでのみ通用する「企業特殊的能力」と、他社でも通用する「汎用的能力」に分けられる。MBAという資格、それに彼らが誇る能力が汎用的能力であることはいうまでもない。
共同体型組織のなかで理屈をこね、汎用的能力をちらつかされると上司は扱いにくいし、同僚たちもおもしろくない。「なんだこいつ」という気持ちになる。
また彼らがビジネススクールを通して社外にネットワークを築くのも、共同体型組織の「掟」に反する。一般に社外の人との結びつきが強くなるほど、社内の結びつきは弱くなりがちだ。少なくとも社内の団結、忠誠心が絶対的ではなくなる。実際に終業後や週末にビジネススクールへ通っていたら、上司や同僚とのこまめな付き合いは難しい。
そして、そもそも汎用的能力を身につけたり、社外にネットワークを広げたりすることは、労働市場を意識し、転職も視野に入れているためだと受け取られる。転職は共同体に対する究極の“裏切り”である。いつ会社や仲間を裏切るかもしれない人間に冷たくなるのは、共同体の論理からすれば当然ともいえる。
さらに経営層は、MBA取得者が増えて社内の一体感が薄れ、転職者が続出することを恐れる。中小企業の経営者のなかには、「MBAは家族的な風土を壊すので取得に反対だ」と公言する人さえいる。