外に出て体を動かし人と交流することが高齢者には大切であると、最近、盛んに言われるようになった。特に今の季節、すがすがしい空気を胸いっぱいに吸えばリフレッシュできるし、前向きな気分になるのは年齢問わずだが、高齢者にとってはさらに重要な意味があるという。
介護者の外出支援技術を研究し、提案している浦和大学短期大学部特任講師の鄭春姫さんに、外出がどのように高齢者の心身に影響するのか、その重要性や効果を聞いた。
「あなたの自宅を出たところを思い浮かべてください。まず何が見えますか?」と、唐突に質問する鄭さん。
「自宅マンションの前の道を行くとよく行くコンビニ、その先には子供が通った小学校、その手前を曲がると駐車場と小さな公園もあります」と、私には見慣れた風景が鮮明に浮かび、スラスラ答えた。
「今、あなたの頭に浮かんだ風景を認知地図と呼びます。これが頭の中にしっかりあることで、実際に目的地まで迷わず行ける。また自分のいる場所に確信が持てるのです。では今日初めて来られた浦和大学の外を、同じように思い浮かべられますか?」
一転して頭の中が真っ白になり自分でも驚く。大学までのバスの車窓から見た畑、鄭さんの研究室までのいくつかのポイントが断片的に浮かぶ以外は、まるで霧の中だ。
「認知症高齢者の頭の中も、おそらくそのようにあいまいな感じです。自分のいる場所がわからない。いつも初めて来たように見える。これはとても不安なことなのです」
認知症の人が徘徊するのもこういった不安から、自分のいる場所を確認するため、外に出るための出口を探して歩くという説もあるという。
◆人は誰でもテリトリーを確かめるために外へ出たい
認知症に限らず、足元がおぼつかなくなると、けがなどが心配で外出を躊躇し、家や施設に閉じこもりがちになる。実はこれも不安のもとなのだという。
「健康な若い人でも1週間、建物の中に閉じ込められると精神的な不調を来すことがわかっています。高齢者が外出を控えて家や施設の中だけで過ごすのも同じような状況。認知機能が衰えていればなおのこと、自分の居場所がわからなくなり、不安で意欲も失せてしまいます」
普段、屋内外を自由に行き来している私たちは、家や施設の“箱の中”にいることが何よりの安心・安全だと思いがちだが、外出しない・できないことで、むしろ不安が募っているのだ。
「人は誰でも外に出ると、ごく自然にランドマークになるものを探します。周辺を移動しながらいくつもランドマークを作っていくことで、そこに自分のテリトリーが築かれ、初めて安心できる場所になるのです。
認知症の人が旅行先でBPSD(注1)が悪化したり、高齢になってから転居して抑うつになったりしやすいのは、認知地図が形成されにくいことも原因の1つです」
(注1/認知症の行動・心理症状。暴言、暴力、興奮、抑うつ、妄想、徘徊など、本人の性格や環境、人間関係などの影響で発症。対応や環境などの改善で軽減することもある)
鄭さんは、高齢者の不安を和らげQOLを維持するためにも、積極的に外出支援することを提案している。