「人の生活は家の中のような狭い範囲だけで行われるものではありませんね。室内だけで保たれる安心は、人間本来の安心とはいえません。車や電車での遠出より、家のご近所散歩がよいのです。身近な場所のランドマークを増やし、認知地図の密度を上げることで安心感が増します。歩行に不自由があれば車いすでもOK。ゆっくり風景をながめながら歩きましょう」
◆語感を使って歩きながら認知地図の充実を
老親を散歩に誘い、ランドマークを増やして認知地図の密度を上げるコツを聞いた。
「ただ黙々と歩いてポイントを通過するのではなく、たとえば生花店があれば『チューリップの季節だね、きれいだね』などと近寄って愛でたり、懐かしい場所を見つけたら『昔から変わらないね』と、思い出を話してみたり。だんごを焼くいいにおいがしてきたら一緒に味わってみたり。五感を使ってその場所を“体験”するといい。
認知症で少しずつ忘れても、覚えているポイントを確認するだけでもいい。ランドマークを覚えることに固執せず、繰り返し歩けばよいのです。建物の中に比べて、外は膨大な情報量がある。認知症でなくても意識的に見ないと記憶に留まりません。それでも留まるものは、個人的な体験や、うれしい・悲しいなどの感情を伴う体験があるからです」
また外に出ることで得られるメリットがもう1つ。
「外に出ると自ずと主体的になります。誰に言われるまでもなく、自分の見たいもの、興味のあるものを選んで目を向ける。同じ風景を複数人で見ても、選ぶランドマークはそれぞれ違ったりします。
人は受け身でいるより、主体的・能動的でいる方が意欲が湧き、全身の機能も高まります。『外に出て誰かに会うかもしれないから身なりを整えよう』『おしゃれをしよう』と、張り合いを持てるのも外に出る効果でしょう」
老親と並んで歩きながら、親の視線の先にあるものを探って話そう。何度も歩いた道にも、新たな発見があるかもしれない。
【Profile】鄭春姫さん/浦和大学短期大学部介護福祉学科特任講師
社会福祉学博士。介護福祉士。介護支援相談員。中国の延辺大学医学院、日本社会事業大学で高齢者福祉を学び、高齢者の外出支援、外出の効果、要介護高齢者の生活を支える介護福祉士の支援技術などについて研究。
※女性セブン2019年5月23日号