「reasonを理性と訳すにしても、明治人は翻訳にとても苦労しました。原語にぴたっと対応する日本語があらかじめあるわけではないので。言語を横断するときにこぼれ落ちたり、ずれるところが必ずあって、これ自体がとても面白い。
数学も学科としての数学より、〈はじめから手許にあるものを掴む〉ことを意味するmathematicsの語源、マテーマタを意識しています。物事を根源的、哲学的に考えようとする時、避けて通れない営みだと思っています」
あとがきに〈人は誰もが、この世に遅れてきた存在である〉とあるが、あらゆる学問や芸術は人が目の前の世界を認識するために生み出された。数字もその一つ。白川静著『文字講和I』によれば、日本語の数えるは〈か+そへる〉から成り、それは〈姿なき時の流れ〉に、形を与える行為だった。
面白いのは本作の連載中に誕生した長男の存在だ。現在3歳の彼はかぞえる手前の「未分化」の世界を生きており、5枚しかないパンケーキを「1、2、3、4、5、6、7!」と自信たっぷりに数えたりする。
「7まで数えた時の感覚が、目の前の現象と一致したんでしょうかね(笑い)。不思議なのは、息子を抱いた瞬間、父がまだ小さかった僕を抱いて子守唄を歌う声が聞こえてきたんですよ。それ以来、数を知る前に見た世界とか、意味も何もない世界を手探りした頃の感覚を、息子の存在を通じてダイレクトに思い出せるようになって」
◆「よりよく生きる」が僕の学びの原点