だが数に分節された世界を知ってしまった私たちは、道半ばで逝去した生物学者、F・ヴァレラの〈Life is so fragile, and the present is so rich〉という感慨を他人事として聞き流し、事物の多寡や根拠に執着しがちだ。

「ヴァレラは一切の執着を離れた時、豊かな今がありありと現れることを仏教に学んだ。僕自身、富より思索に打ち込む静謐を求めたデカルトや芭蕉に励まされた部分があるし、偶々(たまたま)でしかない今の有難さを共有したくて、本書を書きました」

 岡潔が情緒という言葉に、独立した個と通い合う情が共にある理想を託したように、その両方を併せ持つことが大事だと森田氏は言う。

「T・カスリスの『Intimacy or Integrity』によれば、ほのめかしと共感でわかり合う日本はインティマシーが、流されない個人が称賛される欧米ではインテグリティーが重視される傾向があり、後者の象徴がコンピュータですよね。

 僕はアメリカで個人主義を叩き込まれ、だから岡潔の思想が新鮮に映ったんですが、個だけでも情だけでも本当の学びは得られない。そこは山本七平が『空気の研究』に巧いことを書いていて、日本人は個人主義や論理的思考が輸入された時、それらを素晴らしいとする空気だけを読んだと(笑い)。これが行きすぎると全体主義につながるわけで、個をもって通い合うという大前提は絶対に必要です」

 分けるから分かる、とはよく言うが、reasonの語源〈ratio〉は〈比〉を意味し、〈宇宙の静謐に「単位」を投じ〉〈「未知」を「既知」に対する比として把握しようとする〉試みが理性だと森田氏は書く。〈ありのままの宇宙に、生きるべき「理由」はどこを探してもない〉〈reasonは、創造されなければならないのである〉と。

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