いや、この話は外食だけに終わらない。観光客目線でいえば、宿泊代も安いはず。繁忙期でなければホテルや旅館もサービス内容の充実ぶりのわりにお得だし、かつてはカプセルホテルやうらぶれた素泊まり民宿くらいしかなかった安い価格帯の宿も、いまは全国各地でゲストハウスが営まれている。そして、いずこも格安なのに清潔、安全、親切だ。
食べ物以外のちょっとした買い物だってお得である。品揃え充実でお値段控え目のコンビニはどこにでもあるし、そこで買い物をすること自体が外国人観光客にとってアメイジングな100円ショップという究極の激安店も存在する。一時期の中国人による爆買い現象は落ち着いたようだが、家電量販店に外国人客が多いのも、高品質低価格の商品が多いからだ。
もちろん、日本にも高品質高価格の店がいろいろあるのだけれど、低価格店でけっこうなモノが買えたり、満足できる食事がとれたりするのは日本旅行の醍醐味なのではないか。訪日観光客数が伸びているのも、「おもてなし」の魅力があるから以前に、日本が格安天国だからではないか。
20年、30年前は、きっとそうではなかった。日本は物価の高い国で、お金のかかる旅行先だった。それが失われた20年なり30年なりの間に、日本は物価の安い国に成り変わっていたわけである。このことは、欧米はもちろん、アジア各国を旅行しても実感できる。日本人にとって、欧米の旅は何かとお金がかかる。何でも安くて豪遊できたはずのアジア旅行も、そう言えるほどではなくなった。
なぜか。それはもちろん、世界中のほとんどの国で緩やかなインフレーションが起きていたからだ。物価も上がっていったし、各国民の所得も増えていった。対して日本は、ずっとデフレ。モノの値段もたいして上っていないし、所得のほうも増えていない。
問題なのは特に所得のほうだろう。OECD(経済協力開発機構)の調べによると、2018年の時間当たり賃金(時給)が1997年からどのくらい増えているかを見たら、韓国は167%、イギリスは93%、アメリカは82%、フランスは69%……と各国ともアップ。その中で唯一、マイナス8%とダウンしているのが日本だ。
賃金が上がらないどころか、下がっている。であるからして、飲食店は安い労働力を使って格安の料理を提供できるし、他の各店舗も同様にお得なサービスやモノを売ることができる。懐具合が寂しい日本人にはその実感があまりないけれど、外国人からしたら美味なのに安い、サービスがいいのに安い、やたらとお買い得な国なのである。
個人的な話だが、このところユーチューブの視聴にハマっていて、お気に入りのチャンネルのひとつに「日本食冒険記Tokyo Food Adventures」がある。番組運営者でもある日本人男性が、浅草などの観光地で外国人観光客に声をかけ、飲食店で一食奢って、日本の感想や相手の国の魅力などを聞き出すトーク動画だ。
寿司、刺身、天ぷら、焼肉、トンカツ、焼き鳥、釜飯……と、供される日本食を慣れない箸使いで神妙な顔で見つめる外国人たち。それが、一口、二口、食べ進めるほどに「ナイス!」「デリーシャス!」「アイ・ライク・イット!」とたいてい笑顔に変わる。この料理はおいしそうだなあと動画を見ていて感じた時、外国人の反応もすごく良いと、なんだかこちらも嬉しくなる。食を通じて同じ感覚を共有できる疑似体験が楽しい。