悪夢を見た万蔵が慌てて熊谷に行くと、扇屋は破産して一家は江戸に行ったという。その後万蔵は吉原で花魁となったお稲と再会、いい仲になるが、お稲に起請文をもらった勝吉という客が嫉妬に狂い、お稲を刺し殺して無理心中。親戚一同でお稲と勝吉を一緒に埋めた。お稲の戒名を借りてきた万蔵が自室で通夜をして、戒名に「あの世で一緒になろう」と語りかけると、途端に蝋燭の火が伸びて、戒名を燃やしてしまった。実はその戒名、お稲ではなく勝吉のものだったのである。「その言葉を聞いたら、勝吉が妬ける(焼ける)のも当たり前だ」でサゲ。
誰も演らないのも無理はない。まず前半は演じるのが難しく、後半はお稲があまりに可哀相で、現代の観客の共感は得られそうにない。
その「儲からない噺」に談春は大舞台で果敢に挑み、見事に「万蔵とお稲の純愛物語」として描いた。戒名に万蔵が語りかける場面は、談春の『たちきり』で位牌に語りかける若旦那にも通じる「誠」が感じられて、実にいい。ここで万蔵にグッと感情移入できるので、あのサゲが心地好いカタルシスを与えてくれるのである。この噺で、こんなに素敵な感動の余韻を与えてくれるとは凄い。談春によって『吉住万蔵』に新たな生命が吹き込まれた。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年6月21日号