端緒は急激な中年肥りと自律神経系の失調だった。腰痛、不眠、倦怠感に悩まされた彼は、〈太陽を浴びて運動してください〉という医師の助言に渋々納得し、近所を走ることにしたのだ。
当時、〈東京でもトップクラスにしゃらくさい街〉、中目黒に住んでいた松久氏は、車や信号が少ない目黒川の遊歩道や〈いやらしい感じがする地名コンテスト〉で上位に食い込みそうな蛇崩(じゃくずれ)川緑道を走ってはみたものの、〈なんなんだ俺の体は!?〉と痛感することに。そして45歳の3月、〈盛大におねしょ〉をする失態を機に一念発起し、iPhoneにランアプリを仕込み、嵐の日以外は毎日走るランナーと化すのである。
「内科、外科、精神科、全部通ってたほどいつも体調が悪かった僕の転機はランアプリと出会ったこと。自分の足跡が可視化されたスマホ画面を肴に飲む酒の、まあ進むこと。今日はここを走った、ここまで行けたという制覇感が堪らない。要は“自前のポケモンGO”ですよ。レインボーブリッジみたいな大ボスもいれば、給水場所や日陰や美人にも事欠かない東京は、本当に毎日走っても飽きない!」
◆「人生の意味」を見出したりしない
〈電車でラン〉〈地方ラン〉〈親孝行&ラン〉等々、葛飾の実家やお台場や横浜まで電車を併用して走る松久氏にとっては、未知の景色と出会うことが最高のご褒美だったという。