今回演じた「中」は別名「権九郎殺し」。山崎屋に奉公した18歳の長吉の悪事が番頭の権九郎に露見して強請られ、小僧の定吉と権九郎の2人を殺めて逐電する。権九郎の台詞は上方言葉だが、滋賀出身のわん丈には不自然さがない。
定吉を絞め殺した後、権九郎殺害の件には地の語りで軽く触れるだけで済ませる演り方ではなく、わん丈は権九郎殺しの場面をクライマックスとしてみっちり描く。本来は鳴り物やツケを入れて芝居がかりで演じられる場面だが、あえて落語の形式のまま緊迫感たっぷりに演じるのが、わん丈の「権九郎殺し」だ。
権九郎を刺し殺した長吉が「こうなったら一刻も早く奥州路へ……こうしちゃいられねぇ」と呟くと、高座から立ち上がり、舞台袖へと走り去って幕。この鮮やかなサゲは、わん丈が考案したものである。
もう一席は『紙入れ』。間男の新吉が旦那の様子を窺いに行く場面に鳴り物が入る意外な展開が待っていたり、怖い旦那が朝から鉄アレイで鍛えていたりと、全編に独自の演出が施されていて実に面白い。新吉と旦那の会話にも、ありがちなわざとらしさがなくて納得。「腕っぷしが強い旦那」という設定に合わせて創作したサゲもいい。わん丈の古典のセンスが凝縮された一席だ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年8月2日号