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2019.08.26 07:00  週刊ポスト

慰安婦少女像のどこが「表現の不自由」なのか 呉智英氏疑問

 最近「戦争絵画」に関心が集まっている。先鞭をつけたのは「芸術新潮」一九九五年八月号だ。私はそこで小早川秋聲(しゅうせい)『国之楯(くにのたて)』を見て衝撃を受けた。ページを開いたまま五分ほどじっと見つめていた。軍服姿の戦死者の遺体の顔が日の丸で覆われている。荘厳と悲哀が見る者を圧する傑作であった。昭和十九年作のこの名品は「天覧を拒絶された」と説明にある。むろん反戦平和主義者たちも戦争絵画を忌避し『国之楯』を知らなかった。右からも左からも表現の不自由が続いた。

 マンガは今や日本を代表する芸術となっている。文化庁も一九九七年、マンガやアニメを「メディア芸術」と位置づけ支援を開始した。海外の著名な美術館でもしばしば日本マンガ展が開催される。

 こうした中、国内はもとより海外でも人気が高いのが、勇壮な筆致と激しい作劇法を特徴とする平田弘史である。しかし、その初期代表作『血だるま剣法』は一九六二年刊行後“封印作品”となり、実に四十二年後の二〇〇四年まで日の目を見ることがなかった。自慢ではないが、私が詳細な解説を付けて復刊にこぎつけた。

 表現の不自由と戦ったことがない奴らが当り屋稼業をやっている。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。

※週刊ポスト2019年9月6日号

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