産廃現場の後は、石油プラントの清掃や、アスベストを使った建物の撤去作業にも携わった。どれも危険な仕事だが、給与はそれなりによかった。ただ、唯一の楽しみだった酒とオンナをやめられず、出張先ではすぐに金を使い果たす。そうなればまたヤミ金に金を都合してもらい、結局飯場暮らしを自ら延長させて行ったのだ。ちょうどそんな時、職場に来ていた若い男性に金の無心をしたことをきっかけに「稼げる仕事がある」と打ち明けられた。顧客の元に行き、荷物を受け取ってくるだけで良い、それで月に30万円はかたい、というからすぐに飛びついた。
「当たり前ですけど、怪しい仕事だとは思いましたよ。私だって四十何年生きとるんですから、それくらいわかる。でもこのまま飯場で何年も仕事はできない。体壊せばそれまで、歳とってできる仕事じゃない。まあでも、単純にクスリの運び屋かくらいに思ってたのは事実ですわ。詐欺と知らんかったんはホンマです」
いわゆる「受け子」の仕事を初めたが、最初の報酬ももらわないうちに即指名手配となり、逮捕、収監された。被害額が数十万円かつ、一件のみでの立件だったため実際の懲役は一年とちょっと。塀の外に出てきても頼れる人はおらず、結局自ら声をかけたのは、かつてのヤミ金屋であった。
「ほならすぐ10万円くれて、海外で電話の受付あるいうて紹介されて、そんで行ったんですわ。中国に。もちろん変な仕事て思うてね。ほならまた詐欺ですよ。私、喋りもよう出来んし、えらい怒鳴られてそのまますぐ逃げ出しましてね。パスポートも預けとったし、あっち(中国)の警察に捕まって強制送還です。詐欺の話もしましたよ。でもそっちではなんのお咎めもなかったし、あの人ら(他の詐欺師たち)がどうなったかも知りません」
特殊詐欺と言われれば、若者が関与しているケースが多く、私たちもそうしたイメージを持っている。実際に特殊詐欺事件で逮捕された少年少女たちに取材をすると、多くが「富裕層」を、特に「年配者」との格差を憎んでいて、年寄りから金を奪っても良心が痛まない、という話をよく聞く。しかし、野村の見た詐欺の現場には、若者だけでなく、野村と同じような中高年の男女もいた。
彼がその現場にいたのはわずか数日だったが、月に数万円の報酬があり、朝昼晩、コンビニ弁当の配給もあり、今にも崩れそうではあったがホテル暮らしができる、そう話す同僚がいた。人生に絶望し、生きる場所が日本にはなかったが、ここでは生きていくことができる。そう思って、野村と同世代の中高年たちがせっせと詐欺電話をかけ続けていたのだ。野村はいう。
「詐欺はこりごり思います。けど、ここが人生の果てかはまだわからんでしょう。今は社会復帰させてもらおうと訓練なんかやらせてもらってますが、もうどうにもならんって思った時、私はまた詐欺をするかもしれません。あそこなら、最低限死なんとやってはいけますから」
厚生労働省が毎年、まとめている「国民生活基礎調査」(2018年)によれば、世帯平均所得が4年ぶりに前年を下回り、生活が苦しいと感じている世帯は全体の57%にものぼっている。このままでは、中高年、いや老人までもが詐欺という仕事に取り込まれる未来がくるかもしれない。