矩隨が仕事に励む横で、いつしか眠っていた母が目覚めて言う。

「お前が四つの頃、花見に行ったときの夢を見たよ。お前が遠くからいろんなお侍さんを指差して『おとっつぁん』『こっちもおとっつぁん』って……近づいてみると、みんなおとっつぁんの腰元彫りを持ってるんだ。『ああ、この子は生まれながらの名人なんだ』ってねぇ……」

 三日後、言い過ぎたと反省した若狭屋が矩隨を訪ねてくると、母は息を引き取っていた。観音像が仕上がり、母の亡骸に「しっかりおとっつぁんに見せてくださいね」と差し出す矩隨。それを見た若狭屋が言う。「出来たねぇ……これは矩隨名人の作だって、みんな納得するよ」

 以来、八十でこの世を去るまで名人の名をほしいままにした矩隨。工房の神棚には小さな兎と優しい顔をした観音様が祀られていた……。

 感動の余韻がいつまでも残る、談笑ならではの名演だった。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。

※週刊ポスト2019年11月1日号

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