日本のみならず、世界をリードする建築家・安藤忠雄氏が建築家を志す若い世代に求めるのは、読書を通じて「人間を学ぶ」ということだ。その教材として20世紀を代表する米文学者・ヘミングウェイの『老人と海』を勧めている。
書評家の杉江松恋氏によると、同作が描くのは「人生の厳しさ」だという。杉江氏が語る。
「短編『老人と海』は緊密な文体で獲物と真摯に向き合う老人を通して、人生の厳しさを教えてくれる。小説の最後、ようやく釣り上げたカジキはサメに食われてしまうのですが、行為に打ち込む姿、報酬を顧みない努力が描かれています」
安藤氏が若い世代に勧める理由もそこにある。
〈ヘミングウェイが言いたかったのは、結局人生とは“挑戦”であり、だからこそ生きることは面白い、ということだったのじゃないかな……。大海原に乗り出していっても、収穫があるかないかわからない。それが人生の真理なのだと〉(『Casa BRUTUS 特別編集 安藤忠雄 ザ・ベスト』)
アニメ監督の宮崎駿氏は、中学生の頃に出会ったある本についてこう語っている。
〈アニメーターは、いや応なく自分の記憶を引っ張り出してきて絵を描く。机を持ち上げる描写ひとつでも「この机ならこれくらいの重さだ」と、必ず覚えがあるものを描く。記憶の総量の中に埋もれていた配線にパッと電気が通る、そんな感じです。そういう体験を、中学生の頃、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』という本でしました。中の挿絵を見た瞬間に、なぜか「懐かしい」という配線に電気が通った〉(朝日新聞2009年10月11日付)
2018年に同作の漫画版が発行されると、たちまち250万部を突破し、社会現象にまでなった。宮崎氏は、引退撤回後の第1作となるスタジオジブリの新作長編アニメ(2022年夏公開)のタイトルに、本と同じ『君たちはどう生きるか』と名付けたという。
子供の頃の読書という原体験がいくつになっても偉人たちを動かし続けているのだ。
※週刊ポスト2019年11月22日号