「ちょうど辞めようとしていた頃、カメラマンの石原興さんから撮影中に『あかん、それ。リズム感あらへん』と言われて、どうしていいか分からなくなっていました。そんな時、石原さんから昼休みにコーヒーに誘われたんです。
石原さんは『これが視聴率悪いと「必殺」は打ち切りになる。だからスタッフ全員必死になっている。レギュラーで未知の力を持っているのはあんただけ。あんたが化けるかどうかに「必殺」がかかっている』と言うんですよ。
『だから、わしらスタッフ全員あんたに賭けている。厳しいこと言ってるけど、それはあんたをどうにかしないと「必殺」は続かへんと思ってるからや。
家族全員の飯をあんたに賭けてる。時代劇の芝居はわしらが教える』と。しかも石原さんに限らず、誰かが教えてくれるんです。たとえば照明の助手だった中山利夫さん。この方は身軽で、僕が屋根の上を走る場面では見本を見せてくれる。それで、『ここで見栄を切って、一、二、と溜めて。それから飛び降りなあかん』って。これがカッコイイ。
スタッフの皆さんに現場でいろいろ教わりました。それは今でも僕の引き出しになっています。あの撮影所は、スタッフの全員が演出家なんです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影/藤岡正樹
※週刊ポスト2020年1月3・10日号