もっとも一部には空いた棚もあった。同日、全国スーパーマーケット協会のTwitter公式アカウントが「食品の生産、物流は滞ってませんし、店が閉まるわけでもありません。営業は継続されます。店頭の欠品も徐々に回復します。慌てないでください。そしてメディアが煽るようなことはどうぞお控えください」と発信していたが、非常時に不安を煽られれば、つい余分に買ってしまいたくなるのは仕方がない。
だが、がらんどうの棚ばかりが喧伝されるのは、発信する側として工夫に欠けてはいないか。先ほど確認してきたが、この原稿を書いている27日(金)の午前中現在、近所のスーパーではコメやパスタも確認できた。もちろん空の棚もあるし、時間帯によっても違うのだろうが、SNSやメディアに煽られなければ、スーパーの店頭にはより平和な光景が広がっていたのではないか。
もし煽情的なニュースに触れ、スーパーの棚をさらい尽くしたくなる衝動に駆られたら、思い出してほしいことがある。苛烈な環境に置かれた、最前線で奮闘する医療関連業務の従事者のことだ。日中は対応に追われ、疲弊しきった彼らがスーパーにやってきたとき、棚に残されたパンひとつ、パスタ一袋で救われた気持ちになるかもしれない。
例えばイギリスの高級紙(といっても、紙面版は2016年に廃刊し、現在はオンラインメディアとなっている)”The Independent”は、3月24日にTwitterにスーパーマーケット店頭の光景を投稿した。そこに描かれていたのは、空の棚でも殺伐とした商品の奪い合いでもなかった。
イギリスのあるスーパーでは、ウイルス対策で多忙を極めるNHS(イギリスの国民健康保険制度)職員のため、ゆったり買い物ができるよう専用の購入時間帯を設けているという。映像には、カートを押しながら入店するNHS職員をスタッフが喝采で出迎え、ひとりひとりに花束が贈呈される光景が映し出されている。
我々が口にする食べ物は栄養を補給するためだけのものではない。それは心身ともに生きる力を与えてくれる源だ。いま、ふだん以上のにぎわいを見せるスーパーマーケットは品物を奪い合う戦場ではない。食料品に癒やされ、やさしさを分かち合う安寧の場のはずなのだ。