「賢さん、今日、調子悪いでしょう? 実は僕、今日、絶好調なんです。おれだけを見てて下さい。おれ、賢さんのネタが大好きで、おれは、絶対笑ってますから。表情は(ネタの役柄上)困ってるように見えるかもしれませんけど、心で笑ってますから。さあ、行きましょう」
珍しく頼り甲斐のあることを言ったと思いきや、内間は、せり上がりに足をかけようとしたところで躓いた。真栄田が思わず笑みをこぼす。
「あの瞬間、ふっと力が抜けましたね」
もちろん、内間は真栄田をリラックスさせようと思って突然、そのような行動に出たわけではなかった。
「おれ、そんなに気が利かないですから。気が利かなさ過ぎて、今でも週一回くらい、嫁に怒られてますから。感動して、ひとりで勝手に盛り上がってただけなんです」
だが、そのぶん、邪心がなかった。その混じり気のなさが、真栄田を蘇らせた。M-1の勇ましい登場曲に合わせ、2人が階段から駆け下りてくる。ステージの前に立った2人の表情は幸福感に満ちていた。
真栄田「どーも! スリムクラブといいます。よろしくお願いします」
内間「よろしくお願いしまーす」
真栄田「いやー、みなさん、お疲れ様です」
内間「です」
このややとんちかんな入りで、いきなりどっと受けた。観客はすでに2人の「暖かさ」に包み込まれていた。M-1史上、最大の革命と言っていい漫才が、いよいよ始まろうとしていた。(第2回に続く)
文●中村計(なかむら・けい)/1973年千葉県生まれ。同志社大学法学部卒。著書に『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』など。ナイツ・塙宣之の著書『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』の取材・構成を担当。近著に『金足農業、燃ゆ』。