実体がなくても価値を生みうる
その後は東京の大学で醸造学を学び、卒業後も東京に残って渋谷区穏田に泉山酒造東京営業所を開設する。虎ノ門に特許事務所を構える高橋先生を参謀役に多くの特許を取得するが、その共通点は(1)人のためになる、(2)廃棄食品の再利用、にあり、まさにモッタイナイ精神様様だ。
「米余りと牛乳余りという〈負の資産〉を報じる記事を見て〈(-)×(-)=(+)〉へと展開させた〈ライスチーズ〉や、値崩れしたカボチャが原料の〈黄色い砂糖〉。廃棄物にされるエビの殻で香りをつけた〈エビラード〉にしても、茹で汁一滴さえもムダにしたくない私の食い意地が生んだも同然です。
ちなみにライスチーズやエビラードは菓子メーカー、養殖は夢の夢だった松茸が菌糸までは培養できることに着目した〈液体松茸〉は某食品会社に特許を譲渡し、それぞれ製品化されたエピソードも実話です。
それもこれも日々の情報収集の賜物ですね。エビラードだってラジオでたまたま流れた落語『鰻のかぎ賃』が原点ですから。実体のない『匂い』や『音』も価値を生みうると私はその落語に学びました。そうした閃きを、手塚治虫さんや星新一さんみたいに左脳と右脳とか、科学と文学とか、硬軟バランスよく形にしてこそ、最も人間的で理想的な発明ができる気がするんです」
小泉氏の言う発明とは、生活に根差した発見も含み、料理も然り。本書の彼は小4の時に母を亡くし、〈ター坊はいつも食うことばかりで口門様のような奴だべ。んだがら料理でも教えてやっと気も晴れっぺ〉と料理を仕込まれる。その中で、自然界から食材を調達する名人で調理に長けた富治の手元に見入る彼の目の輝きや、それを食した際の味覚描写は本書の読み処の一つ。〈食のエクスタシー〉〈食欲の勃起現象〉といった表現が大仰でないほど、五感を直に刺激してくるのだ。