「私は小説も随筆も原稿は手書きなだけに、自分の感覚をそのまま文字に移せるところがあります。読者の涎はかなり意識して書いていますよ(笑い)。私自身、昔から辛いことがあっても料理さえすれば元気が出たし、野山を駆け回ることで心と体の動きが一体化され、発想が次々に湧きました。
大事なのは『リズム』を感じることなのでしょうね。体から生き生きと湧き出すリズムに突き動かされて、料理も発明もするし小説も書く。そのリズムが常に新鮮な頭を作ってくれて、点から線へと、アイデアを実現させていけるんです」
また、今でいう持続可能性を先取りする彼の発明は、自然の力と人間の知恵との幸福な融合を思わせる。富治作〈ミジンコの塩辛〉のように、食べるためなら何でもする人間の欲望も、発酵という自然現象も、両方あってこその食文化なのだろう。
「私も昔は南米まで食文化の調査に行くなど、『食=冒険』を地で行くタイプですが、発酵も発明も元々は自然の中に埋もれているものなんです。それをうまく抽出し、生活に生かせればいいのですが、そのバランスを結構間違うんですよね、人間は。仮に私の発明がサステナブルだとすれば、ひとえに阿武隈で培った身体感覚のおかげかもしれません」
食材をより美味しく大切に食べたいという一心から始まるこの好循環は、結果、多くの人を明るく笑顔にし、「それが一番自分に正直で、オリジナルで、強い生き方だという感じがします」と、ユニークで生命力に溢れた76歳は弾むような足取りで、次の予定に向かっていった。
【プロフィール】こいずみ・たけお 1943年福島県小野町生まれ。東京農業大学農学部醸造学科卒。農学博士。1982~2009年に同教授を務め、現在名誉教授。鹿児島大、琉球大、別府大、石川県立大、福島大で客員教授を務める傍ら、全国地産地消推進協議会会長、発酵文化推進機構理事長など多方面で活躍。『くさいはうまい』など著書は140冊以上を数え、日経新聞の人気連載「食あれば楽あり」は27年目に突入。近年は小説作品も発表。166cm、82kg、A型。
構成■橋本紀子 撮影■黒石あみ
※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号