「瑞自身はさほど苦にしてなかったみたいですけどね。医学さえ学べれば身なりや寝食など、他のことは気にならない人のようでした」
こうして瑞は明治20年、医術開業試験に合格。翌年には日本橋区元大工町に高橋医院を開き、軌道に乗せる。さらにその後、海外での入学条件もわからないまま、ドイツ行きの船に乗りベルリン大学に向かうのだ。
「その結果、ベルリン大学でさえも当時は女子は入学対象外だったことを現地で知ります。ですがここでも瑞は直談判で正面突破するんです(笑い)。私が彼女の人生から何より学んだのは、こんなに諦めなくていいんだということです。
大抵、制度的な壁が立ちはだかったら、まあ、自分のせいじゃないし仕方ないかと、諦めてしまうと思うんです。でも瑞はそうしなかった。志を同じくする彼女たちが各々の場所で頑張ることで、何かしら山が動く様を見ると、〈人は群れずとも連帯できる〉と、私自身、教えられた気がするんです」
何事にも初めてはあり、そこには不安や恐怖が必ず壁として立ちはだかる。だが、がむしゃらでまっしぐらな瑞の痛快な人生や突破力に、先の見えない時代を生きるヒントをまた一つ見た思いがした。
【プロフィール】たなか・ひかる/1970年東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、高校や予備校の講師等を経て、専修大学大学院文学研究科修士課程で歴史学、横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程で社会学を専攻。博士(学術)。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行なっている。著書に、女性の年齢問題をテーマにした『「オバサン」はなぜ嫌われるか』、月経不浄視の歴史や生理用ナプキン誕生のドラマを描いた『生理用品の社会史』、『「毒婦」 和歌山カレー事件20年目の真実』等。158cm、A型。
構成■橋本紀子 撮影■横田紋子
※週刊ポスト2020年9月4日号