「ノンコア資産はすべて売却」は口実か
武田薬品には武田CHCを高値で売りたい“切実な事情”もあった。
日本の医薬品業界の王者、武田薬品が転落するきっかけは、薬害問題だった。創業家出身の武田國男社長が在任中の1999年、米国で2型糖尿病治療薬「アクトス」(一般名ビオグリタゾン)を発売。その後、「アクトス」の発がんリスクをめぐる製造物責任訴訟が発生。武田國男氏の次の社長の長谷川閑史氏は、その責任を取り2014年6月に社長を辞任している。
後任のクリストフ・ウェバー社長は2015年4月、すべての原告団と和解に向けて合意した。和解金は日本円で2880億円にのぼり、関連費用として3241億円を2015年3月期決算で計上。そのため、1949年の上場以来、初めて赤字に転落した。
2019年、アイルランドの製薬大手シャイアーを買収した武田薬品のウェバー社長(時事通信フォト)
経営再建を担ったウェバー社長は主力の抗がん剤など医療用医薬品の開発に経営資源を集中し、非中核事業の売却を進めた。
製薬業界では、ブロックバスターを手にできるかどうかが勝負の分かれ目になる。ブロックバスターとは世界市場で売上高が1000億円を超えるような大型医薬品を指す業界用語。欧米を中心に製薬会社が大型買収を繰り返しているのは、ブロックバスターの種(シーズ)を獲得するためである。ブロックバスターを生み出すために、最先端のバイオ技術を持つ医薬品会社を先物買いするわけだ。
武田薬品も例にもれない。2019年1月、アイルランドの製薬大手シャイアーの買収を完了した。買収総額は日本企業としては過去最高額の6.2兆円にのぼった。連結売上高は3兆円超と倍増し医療用医薬品で世界のトップ10入りを果たした。だが、光があれば影もある。有利子負債は20年3月期末時点で5兆円を超える。債務圧縮のために100億ドル(1兆500億円)の非中核事業を売却する方針を打ち出した。
「売り上げの25%を占めるノンコア資産は全て売却候補」とウェバー社長自身もこれまで再三、言明してきた。消化器系、がん、中枢神経系、希少疾患、血漿分画製剤の重点領域以外の医薬品はもちろん、大衆薬もこのノンコアの範疇に入る。
2019年5月、ドライアイ治療薬「シードラ」をスイスのノバルティスに最大5800億円で売却すると発表。今年4月、欧州の医薬品事業の一部をデンマークのオリファームに同720億円で売却することを公表した。シャイアー買収後の売却はおよそ79億ドル(8300億円、発表ベース)に達した。
武田CHCの売却も、当然この一環だ。武田CHCの売却が100億ドル規模の非中核事業の売却の総仕上げとなった。
「ウェバー社長の眼中に人口が減り続けている日本市場はなく、巨費を投じてシャイアーを買収したのも米国市場を睨んでのこと」(ライバルの製薬会社のトップ)といった見方もできよう。日本市場のことを考えたら「アリナミン」は残したかもしれないが、武田CHCを売却する記者会見でウェバー社長は、「武田はコンシューマー企業ではなかった」と言い切った。