渡辺錠太郎・陸軍大将。講演の少し前に撮影された(江崎家蔵)
渡辺錠太郎の中国観
〈私は渡辺でございます。今夕かくまで多数お集まりになりました皆様の前で、一場の講演をなしえまするのは、すこぶる欣快(きんかい)とするところでございます。
私は昨年の六月以来最近まで台湾に勤務しておりましたため、実は近来におけるご当地[今いるこの場所=東京]付近の情況はあまり知らないのでございますが、ただ近来自分の感じましたところについて率直な意見を申し述べて、皆様のご批判をあおぎたいと思うのでございます〉
渡辺は、講演会の前年の昭和5年6月から台湾軍司令官として彼の地に赴任していた。さらにその前は、3年間ほど北海道・旭川の第7師団長を務めるなどしていた。そのため、自分は「ご当地付近の情況はあまり知らない」と謙遜したのだろう。
この講演で渡辺は、自身がそれまであまり公言することのなかった満蒙(まんもう=満洲および内モンゴル)の問題から語り始める。渡辺の講演会がどういう経緯で催されたのかは不明だが、当時陸軍は、満蒙地域における諸権益を守るべく国民世論の支持を得ようと、在郷軍人らによる講演会をたびたび開いていた。この時の講演も、そうした流れの中で開かれたのかもしれない。
〈わが帝国[日本]の近時における対外問題で最も盛んに論議せられまするのは、満蒙問題でございます。これにつきましては、新聞、雑誌その他の出版物もしくは講演等で、この満蒙に関する帝国の地位歴史、満蒙に有する帝国の権益ならびにその権益が現在いかなる情況にあるか、また満蒙が我国の国防上、経済上いかに重要性をもっているかということは、既に皆様がご承知のことと思いまして、ここには省略いたしたいと存じまする。
そうして現在支那(シナ)が歴史を無視し、条約を蹂躙(じゅうりん)して、わが国の満蒙に有するところの権益をわが国の手から奪おうとしているのに対しまして、外務当局は非常なご努力でお骨折りになっておりまするが、今やほとんど行き詰まりの形となり、結局、国力の発動、もしくは力によるほか解決の途(みち)はないというような議論がだんだん現われてまいっております〉