父と母、両方の気質を受け継いだ作家の岸田奈美さん

物書きとしての原点は「怒り」と「悲しみ」

 一見、さまざまな偶然の重なりから作家になったようにも見えるが、岸田さんのこれまでの生い立ちを知れば、作家になるのは必然だったようにも思える。

「私のエッセイって、面白おかしく書いてますけど、原点は悲しみと怒りなんです。そもそも私が文章を書くのは、つらい記憶や悲しい記憶を思い出したくないから。私は、中2の時に父を急性心筋梗塞で亡くしているのですが、当時の私は何をしていてもただつらくて、周りの大人の励ましは一切頭に入ってきませんでした。立ち直るには、ただ絶望の時間を過ごすしかなかった。でも、どれだけ時間をかけても、思い返せばやっぱり悲しい記憶がよみがえります。だから私は、自分を癒すために、悲しい記憶をできるだけ楽しいものにして書くことで、忘れることにしたんです。悲しい記憶の中にも、ほんの小さな面白かったこと、明るい記憶に目を向ければ、自分の中で面白おかしく消化できると思ったから。

 悲しみだけじゃなく、怒りも同じです。私の3才年下の弟はダウン症で知的障害があって、これまで何度となく理不尽な思いをしてきました。例えば高校の時、当時付き合っていた彼氏に『奈美ちゃんのことは好きだけど、障害のある弟は受け入れられない』と言われたり、弟が最初に勤めた職場が、弟に仕事を何も教えなかったり。腹立たしいけど、怒りは怒りのまま伝えても伝わらないし、誰かを傷つけてしまうこともある。怒りは面白さや優しさに変えて書いた方が、よっぽど弟の良さを伝えられるんです」

 岸田さんの物事を面白おかしく捉え、優しさに消化する才能は、親譲りでもある。

「父は色んなことによく怒っている人でした。何でも「ばっかもーん!」と言うサザエさんの“波平怒り”ではなく、世の中の理不尽なことや納得いかないことに対してです。私は神戸で生まれ育ったのですが、例えば阪神・淡路大震災の時、上司に自宅待機を命じられていた父は、周りのたくさんの家が倒壊しているのを見て『(自分は)大工の資格を持ってるのになんで家におらなあかんねん、助けに行こうや』って、メチャメチャ怒っていたそうです。かと思えば、サプライズ好きでどうしようもないホラを吹く人でもありました。『奈美ちゃん、今日キタキツネ見てん』って、神戸にキタキツネなんていないのに、死ぬまで言ってましたね。

 反対に、母は全く怒らない『凪』の人。たとえどんなに納得できないことがあっても、私を一番に認めて見守ってくれる。正しいとは言ってくれませんが、『そうやって考える奈美ちゃんは素敵だから。あなたなら答えに辿り着けるから』って。そう考えると、怒りを面白くおかしく捉える力は父譲りで、優しさを持って伝えようとするのは母の影響かもしれませんね」

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