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2020.10.18 16:00  NEWSポストセブン

吉田尚記アナが告白「麻布で偏見が消えてフラットになった」

数々の大物がくぐった麻布の門

個性派として活躍する麻布卒業生の思い出の地

 あと、自分のことじゃないんですが、麻布の6年間で印象に残っていることのひとつとして、鉄道研究部の1個上のTさんという先輩が、「運動会をやりません」という公約で運動会実行委員長に立候補して残り2人の候補を退けて当選しちゃったという事件がありました。「それってありなんだ……」みたいな。

 クラスでも「運動会をやりませんっておかしいじゃん」という話になったのですが、そのとき担任だった社会科のS先生が、「何を言ってるんだ、お前ら」と。「民主的に選ばれたんだし、その公約がヤバいと思うのなら、残りの二候補が妥協して一本化したら勝てた得票数だったでしょ。一本化できなかったほうが悪い」みたいな話を普通にしていて。先生も「いままで通りがいい」とか言わないんだなあと感心しました。

 でも結局運動部のひとたちに締められて、物事が覆っていくというのもあって。Tさん、大変そうでした。僕はどっちでもいい人間なんで、一回くらいやらないのも面白そうだなと思ってTさんに入れたんですけど。

麻布はオタクのリザベーション(環境保護区)

──凡人の立場から見える麻布の風景があるというのは、面白い視点の置き方ですね。

 で、凡人側の世界で僕が何をやっていたかというと、特徴的なことは「オタク」です。僕らのころはアニメ好き、漫画好きのオタクがクラスに3~4人でした。いまはもうクラスの半分くらいになっているんじゃないですか?

 僕の世代はいまのスタイルのオタクが世間で認知され始めた第一世代だと思うんです。いまのスタイルのオタクというのは、ポップカルチャー系のオタクという意味ですね。

 僕らが14歳のときに宮崎勤事件が起きるわけですよ。あの事件で「オタク」が発見されるんです。おまけにいきなり犯罪と結びついているという。それが世間だということに、僕は相当長じてから気づきます。

 僕はオタク全般に対する悪いイメージをまったくもっていませんでしたが、あの事件以来オタクは世間からは迫害されていたんだということに、麻布を出てから気づきます。麻布にいると迫害を受けないけど、外の世界のオタクのひとたちは大変だったんだなあと。

 高3のときがいちばん遊んでいました。「東京パフォーマンスドール」というアイドルにゴンハマりしていて。追っかけとかやってました。「穴井夕子のオールナイトニッポン」の最終回を聞いて早朝のニッポン放送で出待ちしたこともあります。そりゃ浪人するよと。その後その会社に入社するという意味のわからないオチまで付いて(笑)。

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