クセ者上司の懐柔には「本」
「阪神がBOSを採用と聞いても、稼働してなかったのは明白でした。メジャーのスカウトがいつもパソコン片手に視察してるように、稼働していれば見た目にもわかるはずなので。野崎さんが撒いたBOSの種は、彼が社長を退いた後、現場担当者が日ハム大社啓二会長に引き抜かれ、北海道で花を咲かせます。それを野崎さんは喜びさえした。悔いは抱えながらも球界全体の利益を考えるようなところが野崎さんにはあった。僕が知る限り、最も公に近い人です」
本書は当時54歳の野崎に辞令が下った1996年を起点に、〈一リーグ制〉導入を巡り球界を二分した再編論議や、万年Bクラスからの各々の逆転劇を、本人や関係者の証言も交えて丹念に追う。
内示を受けた野崎はまず〈辞職願い〉をしたためる。そして前年最下位のチームを〈電鉄の売り上げは三千億円ほどあるが、タイガースは百億円もない。ちっちゃな会社なんや。強い、弱いと騒がんでもええ〉と言う久万俊二郎オーナーの下で立て直す際に、久万に直接意見を言うのではなく本を勧めたエピソードも面白い。
「久万さんは東のナベツネ、西のクマとも称された名物オーナー。そんな久万さんに藤田平監督の電撃解任後、野崎さんはメジャー有数の名監督スパーキー・アンダーソンの自伝を勧めます。その結果、鶴の一声を得て一気にスパーキー招聘へと動く。実現はしませんでしたが、クセ者上司の懐柔に、本は確かに有効かもしれません」
野村や星野ら、歴代監督人事の裏事情や、チケットのオンライン化にすら入る横槍には、改革を良しとしない者たちの思惑が垣間見える。
一方鈴木が東洋工業を辞め、29歳で球団入りした背景にも、創業一族の松田元の意向があった。同じ経理部に配属された3歳上の元に、〈いろいろと大変なんじゃ。わしに力を貸してくれ〉と球団の経営一新を託された鈴木は、若き日の緒方孝市前監督らを率いて米独立リーグに留学。また当時建築中だったドミニカ・アカデミーで自らツルハシを握るなど、八面六臂の大活躍をする。〈新し物好きで、常に先導的〉〈東洋工業で開発したロータリーエンジンが、先頭を走りたがる松田家の血を物語っている〉とあるが、それに応える鈴木も然りだ。
「彼は後々常務になっても、球場に仕入れるおつまみの数やグッズのことを考える現場感覚の人で、あんなに声を上げない人も珍しいくらい、控えめなんですよね。真っ先に噛みついていた僕と違って(笑い)。僕は特に鈴木さんのように、人知れず黙々と組織を支える人間に惹かれます。その多くが、後ろの列に連なる人なので、『後列の人』と呼んでいます。トップランナーではなく、庶民目線の生きた歴史を書き留めていきたいと思っています」