そうした鈴木の人間性が、新井・黒田両選手の復帰や25年ぶりの優勝に結実する後半は涙なくして読めないほど。また〈タイガースのスタンダードは、世の中の常識とは違っている〉〈しぶとく言い続けな実現はせんよ〉と野崎が部下を励まし続けたように、物事を動かすのは誠意と根気なのだ。

「どんなシステムも報告や更新を根気よく重ね、ダメなものはダメと言い続ける人がいて初めて定着する。僕らが導入に携わった育成枠制度もそうです。結果は後にならないとわからないけど、めげずにやり続けることが大事なのだと思う。

 僕が一番虚しかったのは組織刷新もなく、繰り返すことに慣れた球団幹部たちの姿です。毎年春になると“球春到来”と騒ぎ、脱落したら“来年こそ優勝”と言う。それ昨年も言ってたよって(苦笑)。黙って組織を変え、あとは監督や選手に託す球団役員って、〈降圧剤〉のお世話にならずにはやれない苦しい仕事なんです。

 負け続けると何を食べても美味くない。その点は『ご飯はご飯』と割り切る堀内恒夫監督や、『選手育成こそが組織を救います』という現場の人に教わることは多かった。〝明日は今日と違う日〟は確かに、普遍の事実でした」

 途方に暮れるほど遅々とした彼らの改革への歩みを、トヨタなど他業種の実例も交えながら清武氏は描く。出向してもただでは終わらない人間がここにもいる。「グラウンドを見守る者の中にこそ、変わった反骨の人が多いんです」と自嘲も込めて笑うのだ。

【プロフィール】
清武英利(きよたけ・ひでとし)/1950年宮崎県生まれ。立命館大学経済学部卒業後、読売新聞社入社。社会部時代は警視庁や国税庁を担当し、東京本社編集委員等を経て、2004年夏より読売巨人軍球団代表兼編成本部長。2011年に専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を解任され係争に。その後作家に転身し、2014年『しんがり 山一證券 最後の12人』で講談社ノンフィクション賞、2018年『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』で大宅壮一ノンフィクション賞読者賞。171cm、85kg、O型。

構成■橋本紀子 撮影■国府田利光

※週刊ポスト2020年10月30日号

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