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2020.12.17 19:00  週刊ポスト

松中信彦 三冠王になれたのは「パ・投手層の厚さのおかげ」

松中信彦氏がもしセリーグにいたら…(時事通信フォト)

松中信彦がもしセリーグにいたら…(時事通信フォト)

 日本シリーズでは、パ・リーグのソフトバンクがセ・リーグ最強の巨人に2年連続で4連勝。勝敗以上に大きい「打力」「投手力」の差を改めて見せつけた。「パ高セ低」が叫ばれて久しいが、ここまでレベルが違うと、「あのパ・リーグの選手がもしセにいたら……」とつい考えてしまう。

 高いレベルの投手を相手にすれば、当然、打者にも相応のレベルが求められる。もしセだったら名球会入りできたのでは──そう思わせる打者がパにはたくさんいる。

 その筆頭がホークス一筋19年、2004年には三冠王にも輝いた松中信彦(1767安打)だろう。

「松坂大輔、ダルビッシュ有ら本格派のパワーピッチャーと数々の名勝負を残した。晩年はソフトバンクの厚い選手層に阻まれて出場機会が激減したが、その打棒はセならもっと通用したはず」(スポーツ紙記者)

 しかし松中氏本人に聞くと、首を横に振った。

「僕が三冠王になれたのはパの投手層の厚さと広い球場のおかげだと考えている。練習の時からフルスイングを心がけていたから、遠くに飛ばせる力とスイングが身についたんです。もしセにいたらかえって結果が出なかったかもしれない」

 松中氏は謙遜したが、その言葉を裏返せば、当時からパとセの野球の間にフィジカル面で大きな差があったことを物語ってもいる。

 オリックスで10年プレーした後、巨人に移籍した谷佳知(1928安打)も「入団時からセにいたら」と夢想させる選手だ。

「オリックス在籍最後の2年間は打率2割半ばと低迷したが、巨人移籍初年度は3割台をマークした。2年目以降、原(辰徳)監督が右投手登板時に右打者の谷をあまり起用しなくなったことで安打数が伸びなかったが、彼のセンスなら右対右なんて苦にしない。セならもっと打てた選手です」(スポーツ紙ベテランデスク)

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