ライフ

【大塚英志氏書評】もはや日本の文学は周回遅れになった

まんが原作者の大塚英志

まんが原作者の大塚英志が注目の本を紹介

【書評】『パチンコ 上・下』/ミン・ジン・リー・著/池田真紀子・訳/文藝春秋/各2400円+税
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 今年ならミン・ジン・リー『パチンコ』でもいいし、去年ならポン・ジュノの映画『パラサイト』、少し前ならゾンビアニメ『ソウル・ステーションパンデミック』と、韓国の小説や映像に触れる度に思うのは、韓国にはまだ描くべきものが歴然としてある、ということだ。

 個人のミニマムな世界では描き得ない歴史やあるいは「格差」などという妙に社会学的な言い方に収めないで「階級」を、ゾンビアニメを以てさえ毅然と描く姿を見る時、「文学」や「映画」を社会が必要としているようでひどく懐かしい。

 それは中国SFにも言える。しかもそれら東アジアの表現は怯むことなく、一周先の資本主義と結びつき、世界化している。『パラサイト』だけの話でなく、文革を描くSF『三体』が平然とNetflixと結びつく。そのことと今年、二つの新作を出しながら村上春樹が以前ほどには話題にならなかったことは多分、関わる。

『一人称単数』は、過去の歴史を「ない」と言い聞かせているうちに歴史失調症とでも言うべき状態にある日本を「私」として描く。そして村上は南京大虐殺の周辺を逡巡する。それが象徴する「歴史」を書くべきものなのか、判断しかねている。しかし、結局描くのは歴史から「解離」した「私」だけである。

 確かに作家は、歴史を無理して書く必要はない。だが、何を描くべきかと立ち止まった時、前世紀、最先端の資本主義がもたらしたものを描き、同時にその波に乗り世界化した村上は、自分の「文学」が、というよりはこの国の表現そのものが、周回遅れになっていることに気づいているはずだ。

『パチンコ』はかつて村上が架空のピンボール年代記を書いたことへの返歌の如く、パチンコ店を経営する在日コリアの年代記を描く。自分の文学の進化形が一周先で待っている。ならば南京大虐殺でも何でも村上は正面から堂々と描けばいいと思うが、探りを入れても返ってくるのは沈黙だ。だから今年の彼は妙にスルーされる。「文学」の必要とされない国の作家の何と孤独なことか。

※週刊ポスト2021年1月1・8日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

世界中でセレブら感度の高い人たちに流行中のアスレジャーファッション(左・日本のアスレジャーブランド「RUELLE」のInstagramより、右・Backgrid/アフロ)
《広瀬すずもピッタリスパッツを普段着で…》「カタチが見える服」と賛否両論の“アスレジャー”が日本でも流行の兆し、専門家は「新しいラグジュアリーという捉え方も」と解説
NEWSポストセブン
浅香さんの自宅から姿を消した内縁の夫・世志凡太氏
《長女が追悼コメント》「父と過ごした日々を誇りに…」老衰で死去の世志凡太さん(享年91)、同居するスリランカ人が自宅で発見
取締役の辞任を発表したフジ・メディア・ホールディングスとフジテレビ(共同通信社)
《辞任したフジ女性役員に「不適切経費問題」を直撃》社員からは疑問の声が噴出、フジは「ガバナンスの強化を図ってまいります」と回答
NEWSポストセブン
子宮体がんだったことを明かしたタレントの山瀬まみ
《“もう言葉を話すことはない”と医師が宣告》山瀬まみ「子宮体がん」「脳梗塞」からの復帰を支えた俳優・中上雅巳との夫婦同伴姿
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《12月1日がお誕生日》愛子さま、愛に包まれた24年 お宮参り、運動会、木登り、演奏会、運動会…これまでの歩み 
女性セブン
海外セレブの間では「アスレジャー
というファッションジャンルが流行(画像は日本のアスレジャーブランド、RUELLEのInstagramより)
《ぴったりレギンスで街歩き》外国人旅行者の“アスレジャー”ファッションに注意喚起〈多くの国では日常着として定着しているが、日本はそうではない〉
NEWSポストセブン
虐待があった田川市・松原保育園
《保育士10人が幼児を虐待》「麗奈は家で毎日泣いてた。追い詰められて…」逮捕された女性保育士(25)の夫が訴えた“園の職場環境”「ベテランがみんな辞めて頼れる人がおらんくなった」【福岡県田川市】
NEWSポストセブン
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
NEWSポストセブン
アスレジャースタイルで渋谷を歩く女性に街頭インタビュー(左はGettyImages、右はインタビューに応じた現役女子大生のユウコさん提供)
「同級生に笑われたこともある」現役女子大生(19)が「全身レギンス姿」で大学に通う理由…「海外ではだらしないとされる体型でも隠すことはない」日本に「アスレジャー」は定着するのか【海外で議論も】
NEWSポストセブン
中山美穂さんが亡くなってから1周忌が経とうとしている
《逝去から1年…いまだに叶わない墓参り》中山美穂さんが苦手にしていた意外な仕事「収録後に泣いて落ち込んでいました…」元事務所社長が明かした素顔
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)(Instagramより)
《俺のカラダにサインして!》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)のバスが若い男性グループから襲撃被害、本人不在でも“警備員追加”の大混乱に
NEWSポストセブン
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏の人気座談会(撮影/山崎力夫)
【江本孟紀・中畑清・達川光男座談会1】阪神・日本シリーズ敗退の原因を分析 「2戦目の先発起用が勝敗を分けた」 中畑氏は絶不調だった大山悠輔に厳しい一言
週刊ポスト